旅する本屋 放浪書房の「小商い・旅商いの話」

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はじめに

皆さんは「旅する本屋 放浪書房」という言葉を目にして、どんなイメージが頭に浮かびますか?

僕のイメージは・・・と、語りたいところですが、実のところ、“イメージが思い浮かぶ”というプロセスをスッ飛ばして、そのフレーズだけで僕の心は鷲掴みにされてしまいました。

だって、僕のように“旅”と、“本”と、“自由”をこよなく愛する人にとって、「旅する」「本屋」「放浪書房」という言葉には一分の隙も存在しません。

そんな、店主の好みのド・ストライクな活動をされている放浪書房さんをお招きして、1月30日に福田百貨店で開催したトークイベントをまとめたのが今回の記事です。

看板
当日の看板

トークイベントのきっかけ

僕が放浪書房さんを知ったきっかけは、Twitterで流れてきたツイートでした。その存在を知って、すぐに放浪書房さんのHPを確認してみると、ありがたいことにトークイベントの開催要項が載っていました。これはイベント主催者にとって、かゆいところに手が届くありがたい配慮です。

あと、ツイキャスの録音データが公開されていたのでそれを幾つか聴いてみたら、「この人面白い!話を聞いてみたい!(ちょっとテンション高めの人っぽいけど…)」と思ってしまったんです。

「旅する実況中継」 ▼放浪書房ツイキャス▼

https://twitcasting.tv/horoshobo/show/1-464459075

その勢いで、放浪書房さんを知っていくらも経たないうちに、ダイレクトメッセージでトークイベントの開催の申し込んでしまいました。ざっくり言うとそんな経緯で開催されたのが今回のセミナーです。


ところで、記事を書き進める前に1つお断りしなくてはいけません。実は今回の放浪書房さんのトークイベントは、「撮影・録音・SNS公開はNG」という決まりがありました。

つ・ま・り、WEB上で書けることが何もないのです(ノ▽≦;)くぅ~。どうすれば良いのだこのブログ? もはやここで筆を置くしかないないのか?ピンチ!!

だし汁雑炊記事

しかし、そこで諦める訳にはいきません!僕の後ろにはこの記事を楽しみにしてくれている何百人もの読者がいます(誇大妄想)。そこで知恵を絞ってみました。

放浪書房さんのHPで公開されている情報…つまりWEB公開可能な情報を元にして、そこに今回のセミナーの雰囲気をから読み取ったトークの”エッセンス”と、放浪書房さんと2日過ごした印象を交えながら、オリジナルの記事を書いちゃうという離れ業をやってみます(≧▽≦)b

放浪書房さんが語った話は出てこないし、そもそも放浪書房さんのトークイベントのまとめ記事か?と問われれば、もはやそうではありません。しかし、記事として読み応えのある形で、しかもWEB公開がOKな形で、放浪書房さんの記事を書いちゃいます!!

例えるならば、「昨日晩のカニ鍋の残り汁でつくった雑炊」です!

「カニも、豆腐も、白菜も、キノコも、昨日の具は何も入ってないけど、旨みが凝縮したダシ汁で作ったバッチリ美味い雑炊を召し上がれ!」そんな記事を書かせて貰います!(`・∀・´)キリッ。

放浪書房さんの紹介

放浪書房さんは、千葉県を拠点に1年の三分の二を旅の商いで営む”旅する本屋さん”です。本業の旅本屋の他にいくつかの「小商い」を組み合わせて、日本中を旅して稼ぐ”旅商い”を13年もされているスペシャリストです。

DIYで小屋風に改造したミニバン『放浪号』の車内に、商いのネタ・屋台・衣食住と自由を積み込んで、「移住移商」のライフスタイルをされています。最近の言葉では 「Van Life(バンライフ)」 というそうです。

衣食住と自由が詰まった相棒『放浪号』

放浪書房さんが扱われている本は、二度とめぐりあえるかわからない一品限りの古本から、他の本屋ではめったにお目にかかれない旅のミニコミ誌や自費出版本、放浪書房特製のオリジナルグッズまで、“旅ゴコロ”を加速するような商品を扱っており、個性のあるラインナップを揃えられています。

これまで数々のメディアに取り上げられている他、全国の東急ハンズを渡り歩く商いもコンスタントに行われています。なお東急ハンズに出店されるときは、本屋としてではなく「アドコラージュシール」という昔の広告をシール化した商品の商いをされています。

アドコラージュシール
実際に東急ハンズで買わせて貰った「アドコラージュシール」

好きなことを続けられる商いに

放浪書房さんの根底にある考え方は、「自分の好きなことを商いにして、長く続けられるようにしっかり稼ぐ」というものです。

逆を言うと、「自分の好きなことをやっているから儲からなくて良いんです~ヾ(*´▽`*)」というスタイルに喝を入れるものであり、その「一歩先」を行くものです。

「一歩先」 と括弧付きで書いたのには理由があって、しゃちk…サラリーマンからフリーランスになる際に、多くの方がその道を通ると思うのです。

賃金を得るのために、命令されたことに時間と労力を注ぎ込む働き方”

その“命を疲弊する働き方”へのアンチテーゼとして…つまり今まで自分を苦しめていたその働き方を否定した先に、「好きなことをしてるから儲からなくても良い」というスタイルがあるように思います。

これはある意味で「一度通らなければいけない道」…つまりサラリーマン生活で溜め込んだ垢を禊ぐ(みそぐ)通過儀礼ではないかと思うのです。かくいう僕がそうでした。

「アンチ儲け」からの脱却

ただ、最初はそれでも良いのですが、当然それでは長続きしません。好きなことをやっていて心の平穏は保たれるのですが、あまり儲けを意識しないと、数年後には好きなその仕事を持続することが難しくなってしまい、逆に心の平穏が失われていきます。

通過儀礼はあくまで通過儀礼であって、いつかはちゃんと通り抜けなくてはいけないんです。

「じゃあ」と、改めていくらかでも儲けようと思い始めたときに、しかし『儲ける』ことはなかなかに難しいという現実にぶつかります…。


余談ですが、「消費社会的な生活を見直そう」という志を持って移住やフリーランスに乗り出す人の中には、「お金を儲ける」という行為に対して抵抗がある人も少なからずいます。僕にもその気が無い訳ではありません。そういう場合は、自分の潜在意識の深い部分で『儲ける』ということに対してブレーキを掛けている気がします。状況を変えるには何よりもまず「儲けることに足を踏み出す覚悟」を決めなくてはいけないのだと思います。つまり、心の部分の氷解作業が必要になるのです。それをしなければ、顕在意識でアクセルを踏みながら、潜在意識でブレーキを踏むどっちつかずの状態になってしまいます。(※とはいえ、”お金と距離を置く生き方”の背景にあるものも理解出来るので、一概にそれを否定出来ないとも思っています。)


話を戻します。放浪書房さんの場合は「好きな旅を一生続けて行きたい」という想いがあって、今の商いの仕方を確立されたそうです。

「そのライフスタイルを長く続けていくためにはどうすれば良いか?」

という視点で、自分の生業を形作られています。僕たちが今回お聞きしたのは、その実践から導き出されたノウハウの数々です。

基本的には物を売るためのノウハウの話がメインでしたが、その根っこにある考え方の部分は、何も小売業だけではなく、サービス業の方やクリエイターさんにも十分に応用出来る話でした。

実践経験の宝庫

放浪書房さんのお話を伺ってまず感じたのは、『トライ&エラー』の実践者だということです。

「こうすればもっと良くなるんじゃないか?」と考えて、それを次々と実行されるタイプの方です。その程度がちょっとやそっとじゃなく、“いつもその事を考えてドンドン実行している”という勢いを感じます。

そのため、「こうしてみたら、こうなった。」という類いの話が次々に湧いてきます。最終的に合計7時間近くに及んだ今回のセミナーも、聞いていて長く感じませんでした。

それは話の巧さもさることながら、何より話のバリエーションが豊富で、その1つ1つの話の根拠がしっかりしているからに違いありません。自分の経験(実験)に基づくネタが多いので、話を聞く方も飽きないんです。「それでどうなったの?」という感じで、話の続きが気になります。

とにかく話が面白い

具体的な工夫と、その根拠

記事の冒頭で、“今回の記事には放浪書房さんが語った話は出てこない”と書きましたが、一例だけ紹介させて頂きます。トークイベントでどのような話が語られるのか?その雰囲気の片鱗だけでも味わって下さい。

「放浪書房は古本を売ってるんですけど、ハッキリ言えばどこでも買える本を扱っています。アマゾンなら1円でも売ってます。でもうちでは、その300倍とか500倍以上の値段で売っています。すると、“それだけの価値”をつけなきゃいけないんです。『うちで買って貰うためにはどうしたら良いのか?』を考えなくてはいけません。そこで工夫しているのが… 」

(放浪書房さんの当日のトークより引用)

というような感じで、具体的に取り組まれているアイデアをいくつか教えて頂けます。

ところで、“どこでも買える上に、他店ではるかに安く買える商品を販売する工夫”が、具体的にどのような方法であるか皆さんも気になりませんか?

会場で話を聞いた参加者さんたちは、「おぉ~( *゚Д゚)」とみんな感嘆の声を上げていました。

そして、ここからが大事なのですが、そのアイデアの底にある考え方の部分=”エッセンス”を教えて頂けるので、話を聞いた人は「なるほど!自分の商いの場合はどう活かせるだろう?」という感じで、工夫の核を持って帰ることが出来るんです。

お土産のあるトーク

セミナーの参加者さんも何人か言われていましたが、放浪書房さんのお話は「誰でもすぐに実践出来るようなハードルの低い話が多い」という印象です。

それは「話のレベルが低い」というのではなくて、「すぐに出来るけど意外とみんなやっていない」というテクニックや、「言われてみればそうだけど気付いてなかった」という心構えの話が多いんです。

だから、セミナーで聞いた話の中から「アレとコレをやってみようかな(*´∀`*)」と、みんな何かしらの収穫を得られた“実感”があるんです。

「自分の商いも、あの点を改善してみたら結果に繋がるかも!」という希望が生まれる感じです。

どんなに良い話であっても、ハードルが高くて実践出来なくては価値を生み出せませんが、すぐにでも取り組めるようなネタが沢山散りばめられているんです。

現実的に“身になる話”が聞けた実感があって、ちゃんと家に持って帰られるお土産があるため、終ったあとの満足度が高いのだと思います。

放浪書房のトークは生で聞け

今回の記事ですが、実はトークイベントの“様子”をお伝えすることを意図して書きました。 なぜかというと、「放浪書房さんのトークイベントに参加したい」という関心を持って頂きたいからです。

トークイベントを受講してみて、放浪書房さんは生で話を聞くべき人だと感じたからです。

「着物を着て講談師をやれば良いのに( ・∀・)σ」と客席から ツッコミを入れられていましたが、それぐらい語りに長けた方であり、その“語り姿”にすら商いのノウハウが詰まっているという感じです。

そして、トークの巧さ以上に強調しておきたいのが、放浪書房さんの商売に対する姿勢です。

「少しでも売れる可能性を高めるタメに何が出来るか?」という真剣さがビリビリと伝わってきます。それは言うなれば、商いに対する《熱量》の高さです。

放浪書房さんはトークイベントの事を『語り商い』と称されていますが、まさに語る姿も『小商い』になっているという方なんです。

語り姿までもが「商い」の人

ですので、もし近くで放浪書房さんのトークイベントが開催されるチャンスがあれば、ぜひ参加してみて下さい。もしくは思い切ってトークイベントを主催してみて下さいヾ(*´▽`*)

福田百貨店のトークイベントは終ったばかりですが、既に次回のトークイベントの開催を考えるぐらいに、店主はお勧め致します☆

まとめ

トークイベントの中身をほぼ書かずに、その雰囲気を伝えるというチャレンジングな記事でしたが、いかがだったでしょうか?

書き終わった今、「頼むからハードル上げないでよっ(ノ▽≦;)」と、頭を抱える放浪書房さんの姿が僕の脳裏にチラツキます(笑)

でも、別に誇張して書いた訳でもなく、必要以上に持ち上げて書いた訳でもありません。(ただし100%のパフォーマンスの状態を紹介した気もするので、手が抜けなくなるかもしれませんが(笑))

冗談はさておき、放浪書房さんの持っているノウハウは、全国で同じように《小商い》を営む方の元へ…つまり『自分の好きなことを仕事にして生きよう』と模索している多くの同志の元へ、届くべきだと感じたのです。

きっと彼の話は、自分の生き方を歩む人たちの力になります。 彼の話を必要としている人たちが、全国の至る所にいる…そう思ったのです。

あなたの街にも、放浪書房を。


【おまけ】会場アンケートの感想

  • 時間があっという間で沢山の内容を教えて頂けたので、金額がとても安く感じました。(30代女性)
  • トークが面白く、売り方も工夫があって参考になりました。(30代男性)
  • 思った以上に収穫が多いイベントでした。実用的で精神論でないところが良かった。(30代女性)
  • 好きな物をちゃんと売ることに遠慮しなくて良いのかなと思えるようになった。(40代女性)
  • 経験から出る言葉たちの説得力が凄かった。(30代女性)
  • 商売をしているのに「売る」という気持ちが欠けていたことに気付かされた。(40代女性)
  • 初めて聞いたお話ばかりでとても面白かったです。(40代女性)
  • 出店告知をしていないという話にビックリしました。(40代女性)
  • こだわりを思い続けることが良い繋がりを生んでくるのだという確認が出来ました。(30代男性)
  • 値段の付け方が意外で、とても参考になりました(30代女性)


『オンラインでは絶対に言えない話』【後編】 #大木春菜の仕事展

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はじめに

本記事は『大木春菜の仕事展』のオープニングイベントとして、2018年12月2日に福田百貨店にて行なわれたトークショー『オンラインでは絶対に言えない話』をまとめた記事の【後編】です。【前編】をご覧になられていない方は、先に『オンラインでは絶対に言えない話』【前編】をご覧下さい。

トークセッション後半

●パネリスト紹介

パネリストは、“いいものを伝えたい”という想いが共通点の以下の3名です。

市毛友一郎【メルカドデザイン】 (以下:いちげ氏)

内子町在住のフリーデザイナーさん。東京から愛媛に移住。Twitter界隈で愛媛のインフルエンサーとして活躍中で、多くのクリエイターにとって頼もしい存在。

大木春菜【せいかつ編集室】 (以下:春菜さん)

松山市在住のフリーライター&編集者さん。今回の『大木春菜の仕事展』の主役。愛媛県内で数多くの仕事をこなす。二児の母であり一家の大黒柱。

黒田太士【福田百貨店】(以下:店主)

宇和島市御槇の古民家よろずや店主。元建築士の経験を活かして、デザインやWeb制作を行う。福田百貨店でイベントなども企画。この記事のライター。


【後編】質疑応答について

前半のトーク終了後に、会場の皆さんに書いて頂いた質問を元に、パネリストに答えて頂きました。質問の後半になるに従って、パネリスト3人の回答も次第に熱を帯びていきます。実は今回のトークショーで、パネリストそれぞれの本音や核心に迫る話が語られたのは、こちら後半パートの方だなと感じながら、当日も司会をさせて貰っていました。3人の息遣いまで伝わると良いなと思いながら書かかせて頂いた後編です。ではどうぞ!


Q1.一日のタイムスケジュールを教えて下さい。

春菜さんの一日

基本的に4時起きです。6時半に小学生の息子が起きるまでの間は、手帳を書いたりブログを書いたり、自分のためのアウトプットの時間に充てています。その後、下の娘を保育園に送る9時までが、朝の家事の時間です。それ以降が仕事の時間で、ほとんどの場合が打ち合わせや取材で外に出かけて、17時くらいに帰宅します。家事は旦那さんと半々ぐらいですが、娘が保育園から16時半頃に帰ってくるので、それ以降に仕事をするときは、膝の上に乗せてあやしながらイラストを描いたりパソコンを打ったりします。夜ご飯を18時半から19時くらいに食べて、忙しいときはまた膝の上に子供を乗せて仕事をします。22時頃には床につきたいなと思っていて、そうすれば22時から翌朝4時までの6時間睡眠が取れるので理想的なんです。でも思い通りの時間に寝られないことも多いのですが。。。

店主の一日

僕はあまりにも日々のパターンがバラバラ過ぎて、これだというスタイルはありません。福田百貨店の営業日には朝10時に店を開けるので、それに間に合うように起きて、日中は店番をしながらパソコンで仕事をしています。子供を幼稚園などに預けずに家で育てているので、店番しつつ、仕事しつつ、子育てしつつ、全てが混合した時間を過ごしているという感じです。ただ、デザインや文章を考えるようなクリエイティブな作業は、子供がいて賑やかだとなかなか進まないので、夜中にやったり夜通しやったりもします。逆に何もないときは子供と一緒に20時くらいに寝ることもあります。

いちげ氏の一日

週3回、息子の保育園がある日は、8時に起きて8時半に送り届けます。それから夕方のお迎えに行く16時半頃まで仕事をして、 夕飯を食べてお風呂に入れ終る19時くらいまでが僕の子育てパートです。それからまた仕事をします。最近は、ブロギルやいちげ氏サロンで頻繁にラジオをするので、22時くらいからはラジオの時間になっています。

その辺、奥さんがどう思っているのか聞きたい!

ラジオは趣味と実益

どうも、いちげ氏嫁です。夜の22時ですから、基本的に子供を寝かしつけている横でラジオで話しているんです…そしたら腹立たしいことこの上ないですよね(笑)

いい加減にしなさいよと(笑)。それでケンカになったりしないんですか?

ケンカにはならないですが…怒られます(苦笑)

でも、怒られながらもやっているということは、いちげ氏として何かラジオに託す想いや目的があるんですか?

ブロギル内でラジオをすることが、人のつながりを生んだり、オンライン上のお仕事も生んだりと、営業にもなっています。Twitterのインフルエンサーさんがラジオを聞きにサロンを訪れてくれたり、他のオンラインサロンの方とコラボしたりも出来ます。実際、ラジオでコラボしたサロンから、いちげ氏サロンに来てくれる新規メンバーが結構多いんです。もちろん、趣味として自分が楽しいのもあります。ただ、以前はほぼ毎日やっていて、ちょっとやり過ぎだったので、バランスを取っていきたいと思っています。

フリーランスと時間

我が家もそうですが、お二人とも小さなお子さんがいらっしゃるので、子育てしつつフリーランスで働くために、時間の使い方をそれぞれ工夫されていますね。夫婦で子供を受け渡したり、家事と仕事をうまく分担したり。フリーランスだと、時間の使い方を自分で管理出来る良さがある反面、仕事と家庭の時間を自分でしっかり管理しなくちゃいけませんよね。

そうそう!フリーランスって“向き不向き”があると思います。人と会わないと不安になったり、「仕事がなくなったらどうしよう…」と不安になる人は、あまり向いていないです。僕の場合は、一人で家にこもって仕事をしても全く不安を感じないタイプなので、すごくフリーランス向きなんです。そもそも、東京時代の満員電車に往復3時間揺られるという地獄の日々から抜け出せただけで、僕にとっての最大のストレスがなくなったので、いまは心にも時間にも余裕が持てています。一年中が夏休みで、休みの日に好きなスタイルで仕事をやっているイメージです。

Q2.今後やりたいことは何ですか?

仕事を減らしたい二人

僕は仕事を減らしたい(笑) …と言っても、収入を減らしたい訳ではなくて、効率化を図って収入を維持しつつ仕事量を減らして、「やりたい仕事だけをやれる」という状態にしたい。やりたくない仕事はやりたくない!

全く一緒です(笑)。私も今はすごい件数抱えていて、それぞれに手が抜けないので本当にしんどいです。先月はアポがなかったのは1日だけでした。夫婦でフリーランスになった当初は「稼がなきゃ!」と肩に力が入っていたんですけど、1年が経った今は、ゆっくりしながらも稼げる方法を考えたいと思っています。

春菜さんは情報発信の継続支援

ちまたのHP制作会社は、HPを作ったらそれで終わりという所も多いんです。さらに依頼する側も「HPを作りさえすれば集客が増える」と、期待し過ぎている人が多いんです。ところが、やっぱり“日々の更新”が大事なので、情報発信の継続支援をやっていきたいんです。いまも既にやっているんですけど、facebookなどの情報発信が苦手な方に、「手伝うから止まらずに発信していこう!」という提案を、これまで以上にやって行きたいと思っています。それにこの方法は、月額で決まった収益になる点もありがたいです。

それいいよね!

私はやっぱり“人の宣伝”をするのがスゴく好きなんです。良いお店ほど発信力が無いところが多いので、その代わりにやって行きたいんです。

FMラジオに進出するいちげ氏

実はNHK-FMの岡田留美さんというパーソナリティさんに、『ラジオまどんな』という番組に「月一くらいで出演しませんか?」というオファーを頂いています。その方は、いちげ氏を情報源に使ってくれているので、「愛媛には発信力のあるインフルエンサーさんが結構いるでんすよ」という話を、世間にもっと紹介していきたいと思っています。今日会場に来てくれている“ななえもん” にも電話出演して貰いたいと考えているし、春菜さんにもぜひラジオに出演して貰ったり、ゲストとして呼ばれるように紹介したいなと思っています。今後はそういう感じで色々と絡んでいけたら。

ぜひぜひ(O^─^)

Q3.逆に見直していきたいことは何ですか?

松野町から内子町へ引っ越したこともあって、その頃は新しいクライアントをみつけるために営業活動をかなりやったんですよ。ただちょっと安請け合いし過ぎたところもあって、今後はお仕事を整理していきたいと思っています。

ん~、私の場合は何ですかね~?(旦那さんに尋ねる)

どうも、春菜の旦那のボン主夫です。せいかつ編集室のマネージャーをしています。見直して貰いたいのは、“お付き合いの仕方”ですね。打ち合わせに行ったら、一件で2時間や3時間も相談に乗ってしまうんですよ。でも、僕はマネージャーとして売上に対する時給を計算しているので、時間にお金が発生しているという感覚を意識して欲しいですね。

私はメッチャ相談を受けることが多くて、仕事を貰っていないのに気付いたら相談されている…というようなことがしょっちゅうあるんです。親しいお友達とお食事に行くのは普通に楽しいから良いのですが、全然つながりが薄いような人からも、「お茶しませんか?」と誘われて、行ってみたら経営やデザインの相談をされることも度々あります。「ここからは有料です」と言えたらいいですけど、それも難しいですし、最近ではなるべくそういうお誘いはお断りするようにしています。あと、お仕事だけのつながりの飲み会なんかも多くて、旦那さんに子守を任せて飲み会やランチに行かないといけないことが多いので、見直していきたいです。

僕は特に、「これを見直そう」ということはないですね。逆に、「これをやろう」ということもないです。いまは「来た流れだけに乗る」という生き方を試しているところなので。

Q4.コネがない場合、営業活動はどうしますか?

「一緒に仕事をしたい人」に声を掛ける

去年の5月に『せいかつクリエイト』というWEBマガジンを立ち上げた時に、これからは「好きな人・一緒に仕事したい人に営業をかける」と決めました。実のところ、現在は営業をかけなくても仕事が来る状態なので、営業しなくてもやっていけるんです。でも、そういう仕事は本当に自分がやりたい仕事と違うことも多いので、今は「この人と仕事をしたい」とか「この人と長く一緒にいたい」と思える人に、自分から声をかけるように心掛けています。

作品が最大の営業ツールとなる

松野町に移住したときには、僕もコネがないところから始まっています。当初は行政の方に、「僕はデザインが出来ます」とか、「イラストが描けます」とか口で伝えていましたが、「へー」って言われるだけであまり理解して貰えませんでした。でも、五ツ鹿踊りという地域の伝統芸能の踊りをキャラクター化して、五ツ鹿ポストカードっていうのを作ったら、「こういうことが出来るんですね!」ってようやく認識して貰えるようになりました。趣味で作ったポストカードが、最大の営業ツールになったんです。

〈 いちげ氏が制作した五ツ鹿ポストカード。 〉

それはつまり、どういうことでしょう?

自分が「こういうことが出来ます」「こういうことが好きです」「こういう仕事を下さい」ということを、まず外に向かって言わないといけません。基本的に、受け身でいても仕事は来ないので。ちゃんと、「私は仕事を求めています」ということをアピールすることが最低限必要です。受け身でいても仕事が来る人は、営業が必要ない人なんです。

付き合いの長い友人であっても、意外とその人がどういうことが出来るかを知らないことって多いですよね。「○○さん、実はこんなことも出来たんですね!」ということが、よくあるように思います。だから、自分が出来ることを発信することは大事ですね。ただ一方で、「どんな方でも、どんな仕事でも来て下さい!」いう訳ではないのだと思いますが?

そうですね。でも最初は良いんですよ。僕がアイキャッチデザインを3千円で始めた時みたいに、とりあえず実績を積むことを優先する時期も、活動初期には必要です。そして、その実績をTwitterなどで「こういう仕事をやらせて貰いました」という形で発信するんです。そうすると、「あ、実際にこうやって仕事を頼む人がいて、この人はこういうことが出来るんだ。」って世の中に認知して貰えるので、それが一番営業になると思います。

Q5.初めてお仕事を頂くクライアントさんのイメージを汲む時に、工夫していることは?

相性が大事

デザイナーさんとクライアントさんには、《相性》っていうのがあるんですよ。僕も相性が良いクライアントさんの場合は、さほどヒヤリングしなくてもイメージがつかめるし、出来上がった成果品に対して先方も、「こういうのが欲しかったんです」という感じになるんです。逆の場合は、何度ヒヤリングしてもお互いにピンとこなかったりします。

私も同感です。あとテクニックとして、パンフレットやチラシ系の仕事をするときは、「好きな雑誌は何ですか?」と聞いて見たり、自分がコレクションしているチラシや過去の作品をお見せして、「この中でどのテイストが好きですか?」と尋ねたりします。

僕は、「感性の合うお客さんと仕事をしたい」と思ったりするんですが、イメージを共有できないお客さんと仕事をするのは苦じゃないですか?

さっき話した“情報発信”のお仕事の場合は、自分と感性が似ていないお客さんの方が多い可能性が高いんです。ただ、私はライターなので「どんなタイプの方が来ても対応する」というスタンスでいます。これまでも、いろんな人と話す機会が多くて耐性が身に付いているので、苦手系の人ともちゃんとやりたいと思っています。逆に、“デザイン”のお仕事の場合は、感性の合わないお客さんとはやりたくないです。「じゃあ違う人にどうぞ」って思います

Q6.原稿の校正回数は何回くらいですか?

構成はお互いの責任共有

決めた方が良いと思うけど、厳密には決めていません。お客さんによって様々です。ただ、「ちょっとややこしいかな?」と感じる方には、最初に予防線を張ったり、ちょっと高めに見積りを出したりします。やはり手戻りがあると時間を取られるので。

逆に、理想の校正回数ってありますか?

2~3回ですね。何にもないのもちょっと怖い(笑)

同じく2~3回ですね。クライアントさんが校正をしてくれて、「ここだけ直して下さい」というやりとりの中で何が行われているかというと、実は《責任の共有》が行われているんです。「お互いにちゃんと確認をしましたね。では入稿しましょう。」っていう感じで。だから、校正が0回だと責任が全部クリエイター側に来てしまうことになります。

Q7.愛媛のイケている所と、イケてない所は?

僕は東京から移住して来たので、よそ者の目線で『雑誌とんとん』に愛媛のオススメのところを紹介しています。その筆頭が《そうめん流し》です。愛媛の場合は、山の中に本格的な施設を構えて、天然水で流しそうめんをやっている場所が沢山ありますが、都会から来ると非常に魅力的に映ります。 調べてみましたが、全国的にこんなところは他にありません。愛媛の人にとっては当たり前過ぎて、外に向かって全然PRしていませんが、うまくPRすれば都会から観光客を呼べると思います。

あと、食材天国でやばい!フルーツの種類と量、一年を通してのクオリティが半端ない!それに宇和海のお魚。産直系のスーパーに行くと、基本的に肉も魚も野菜も全部地元産だけど、都会だとそうはいかない。東京で売ってる安い野菜はほとんど中国などの外国産なんですよ。それが、愛媛に住むだけで地物の野菜がしかも安く買える。砥部町にある『エキサイトスーパーTANAKA』というお店なんかは、「買い物をした方は無料で持って帰って良いですよ」という新鮮な野菜が山盛りあったりする。食材は素晴らしい。

“イケてる所”は、都会と比べて飲食店のクオリティが高いこと。東京から来た人が「愛媛ヤバい!」って言ってるんですけど、愛媛の人は気付いていないので、伝えて行きたいという想いがあります。あと“イケてない所”は、みんな人気店が好きで、「流行っているから行こう」という感じなこと。口コミや宣伝力があるお店にばかりが流行って、同じレベルのお店でもPRが苦手なお店は見向きもされません。だから私はそちら側の見方になりたいと思って仕事をしています。自分の目とか舌の感覚を信じて動く人が少ないのかな?だから、私が発信することで変えていきたい。あと、お金の使い方がおかしいと思う。ちょっと高くなるとみんな買わない。愛媛でパンやカフェが流行っている理由は、数百円で楽しめる娯楽だからと言われています。私が『せいかつクリエイト』で発信している下着屋さんは、下着だけで1万円超えたりするけど、その分とても質が高いんです。そういう“高くても良い物”にお金を使う意識が低いと感じています。

いちげ氏と同じく、“イケてる所”は「食べ物が美味しくて自然がいっぱい」という所を挙げます。日々食べる食材が美味くて安いというは凄いです。大阪で食べていた鰹と、愛媛で食べる鰹は全く別物です。“イケてない所”…というのが適切な言葉か分かりませんが、知識層の人材不足をどうにかしないといけないと思っています。愛媛県を始め四国などの地方部では、大学などの高等教育機関が少ないため、勉強できる人ほど都会に吸い上げられてしまうという問題が起こっています。知識層の人材不足により、せっかくの豊かな素材や自然環境といった地域の魅力が、都市の企業に食い物にされたり、安易な開発で失われたりしています。地域の中で人材の層のバランスが取れることが大事だと思います。

僕も同意見なんですけど、逆に僕が東京から来てここでフリーランスとして通用している最大の原因も、その環境に起因しています。僕レベルの提案を斬新と感じて貰えたり、有効だと思って貰えるのは、正にいま店主が言った環境だからこそです。デザイナーさんの数が少なすぎて、競合しないんです。愛媛に限らず地方部には“知識層不足”という現象が起こってはいますが、その代わり東京に集められた予算が分配されて降ってきます。その降り方や使い方がいびつなので、改善すべき点は山ほどあると思っています。

世の中のお金の流れや全体像を、一市民レベルでも何となく把握できるのは、田舎の良いところだと思います、あと、行政と距離が近くて個人レベルで比較的大きな仕事が出来たりするのも田舎の利点ではないでしょうか。

そうですね。もし僕が東京で働いたら、今みたいに面白い仕事って全然出来ないと思います。僕レベルのデザイナーさんやクリエイターさんがゴマンといる世界なので、競合しまくりで仕事の取り合いになります。なおかつ、大手広告代理店が主な仕事を取り仕切っているので、 大きな仕事や面白い仕事ほど、下請けにならざるを得ないのが東京なんです。よほどネームバリューのある有名人でなければ、発言権すらありません。面白い仕事を個人の小さいレベルやりたいと思っているクリエイターさんには、地方のこういった競合のいない世界は天国なんです。

Q8.ちゃんと儲かっていますか?

ちゃんと儲かってます。

(大木家代打:ボン主夫)それなりにやっていけてます。

お店のお客さんにも良く聞かれますが、この山の上で商店を…しかもオーガニック食品売って…って儲かる訳がない(笑)。でも、このお店は単純に商売だけではやっている訳ではなくて、移住のきかっけや場作りを見据えて運営しているので、将来に向けた先行投資だと思っています。

Q9.黒歴史を教えて下さい。

私は中学生のときがヤバかった(笑)。小学校が超田舎だったんで、中学校に入って人が多い環境に恐怖を感じてしまって、全然しゃべれなくて…。そんな時にオタク活動にハマって、同人誌を作ったりコミケに行ったりしていたので、 学校では暗いオタクの人という立ち位置でした。当時“一ノ瀬うめ”というペンネームで活動していたんですが、手紙が毎日実家に届いて「“一ノ瀬うめ”って誰?」って親に聞かれてました(笑)あと、エヴァンゲリオンの制服とかを普通に縫ったりしてました(笑)ヤバいですね。

僕は高校生の時がうつのピークで、結構大変でした。親ともしゃべれないような状態が2年ほど続いて…。割りとその時期にうつになると大変で、復帰できない人も沢山いると思います。僕の場合は、大学受験のために予備校に通い始めたのをきっかけに、良いタイミングで新しい環境を手に入れられたので、自力でリハビリして復活しました。ただ最近は、30代や40代でうつになって会社をお休みする人も多いと聞きますが、会社勤めでうつになるとキツいだろうなと思いますね。

僕もここ2年くらい、実は精神的にかなり参ってました。というのも、地元に計画されている風車の反対活動の代表をやっていて、自治会の腐敗とか、政治や利権絡みのすったもんだにずっと晒されていて、ドロドロしたものを浴びまくって疲れちゃいまして…。病院に行ったらうつと診断されてたかもしれません。ただ、辛い期間を過ごしはしたけど、それと引き換えにいろんな学びや気付きもあったので、経験しなければ良かったとは思っていません。そこで潰れちゃいさえしなければ、あとの人生に必ずプラスになると感じています。いちげ氏も高校時代苦労されたと思いますが、「それがあるから今がある」という感じじゃないですか?

そうですね。高校のときにうつになって復帰できたおかげで、僕は人生に対してすごく開き直れたんですよ。自分が大したことがないんだということが、理解できた。「たかが自分」という自分を手に入れられたのが、非常に大きかったです。自分への幻想を取り払うことが出来て、リアルな自分に向き合って、「大したことない市毛という人間が何をやろうが、別に誰から注目を浴びる訳でもないし、人に迷惑さえ掛けなければ、自分が好きなように勝手に生きても大丈夫だ。」と開き直れました。

その「自分が大したことないな」って気付くのって、実はすごく大切だと思うんです。私の小学校は同級生が6人の小さな学校で、その中で一番勉強が出来たんです。“僻地優良児童”で表彰されたりして、「自分ってすごいんだ!」って勘違いしちゃったんです。でも、中学校に上がったら周りのレベルが全然違うという現実に触れて「私は全然ダメだな」って思いました。絵も上手いと言われ続けてきたんですけど、部活動でメチャクチャ上手い子に出会って、そこから絵の仕事では絶対に職に就けないと思って諦めました。高校は地元の学校に進学したんですが、当時「名前を書いたら受かる」と言われていた高校だったので、成績も上の方でした。でもその頃になると段々分かって来て、「私は“お山の大将”なんだ」って気付きました。大学は奇跡的に国立大学に行けたので、その時もすごくもてはやされたんですけど、自分では「これはマグレだな」って分かっていました。私だけ完全に“田舎から来た”って風貌だったんですが、みんなはオシャレでキラキラしてて彼氏がいるのに、私だけバイトばっかりしてるイケてない人という立ち位置で。段々とその繰り返しで分かって来て、私は愛媛の中で活躍出来れば良いかなって思っています。「全国目指していません!」って感じです。

Q10.人生の1冊を教えて下さい。

哲学的な意味での“人生の1冊”ではないですけど、中学生の頃に読んだ大友克洋さんの『AKIRA』が、圧倒的に衝撃でした。《ヴィジュアルの力》というものを、「これでもか!」と見せつけられて、ヴィジュアルの持つパワーを信じさせてくれるきっかけになりました。それに、中学生の自分にそれだけの衝撃を与えてくれることに、凄いなと思いました。初めて『AKIRA』の1巻を読み終わったあと、すぐに2巻を買いに行ったんですよ。そしたら、外に出て目に映った景色が、全て大友克洋のデッサンに見えたんです。世界があのタッチに見えた瞬間…ヤバかったですね。

私は安野モヨコさんという漫画家さんがすごく好きで、安野モヨコさんの書いた『脂肪という名の服を着て』という漫画に衝撃を受けました。主人公がすごく太った女の子で、太っていることで恋愛も生活も上手くいかなくて、「デブな自分がダメなんだ、痩せさえすれば全てがうまくいくんだ」って痩せることに打ち込むストーリーなんです。最終的には無理なダイエットをしてまで痩せるんだけど、痩せてもそこに幸せはなくって、結局また元のデブに戻ってしまうんです。そのラストが衝撃的で、あなたが太るのは「身体じゃなくて、心がデブだからよ」って吐き捨てられて終わるんです。それを読んだときに「あ、これは私のことだな」って思ったんです。表現するのが難しいんですが、今の時点の自分をちゃんと理解して、「自分が変わろうとしなければ人は変わらないんだ」って思ったんです。

なんか…深いですね。

さっきも話したとおり、私の人生って上がったり下がったりを繰り返してるんですけど、その下がっている時の私はきっと、「本来の私はすごく良いのに、みんな分かってくれないだけなんだ」っていう思いが心の中にあったと思うんです。でもこの漫画を読んだときに、「いや違うな、自分だな」って気付いたんです。そこから何だか楽になれたんです。

僕は、自然農法で有名な福岡正信さんの『わら一本の革命』です。サラリーマン時代に読んで衝撃を受けて、脱サラをしていまの田舎暮らしをするきっかけになりました。「人間は自然を知ったつもりになっているが、実は何も知らない」とか、「何もしないということをやることが、唯一人間のなすべきことである」というようなことが説かれていて、農の話を通した哲学書のような本です。当時は残業200時間とかいう働き方だったので、そんな不自然な生き方をしていた自分の目を覚まさせてくれた本でした。ただその反動で、田舎暮らしを始めた頃は人工的なものの否定に行き過ぎてしまったのですが、最近は福岡さん的な生き方も少し違うなと思って、新たな生き方を試みています。間違いなく人生を変えてくれた一冊ではあるけれど、そこから卒業して今は自分の道を歩んでいます。


最後に一言ずつ

僕は以前から、松山のSTROLL(ストロール)さんというお店のロゴが好きだったんですが、今日作品展を見て、それが春菜さんの作品だと知って驚きました。先ほど話じゃないですけど、実はこれまで春菜さんが何をしている人か、ずっとよく分かっていなかったんですけど、今回のトークショーで絡ませて貰って、それが把握出来て非常に良かったです。今後ともよろしくお願いします。

では主役の春菜さん、最後に締めの言葉をお願いします。

普通は展示会というと、「こんなことが出来るんだぞ、どうだ見てくれ!」っていう感じが多いと思いますが、私の場合はちょっと違っています。さっきも言ったように、私は自分のことを凄いとは思っていないので、「こんな私でも仕事を貰えるんだよ☆」という感じのスタンスで展示をつくりました。見た人が「これなら私にも出来るかも」と思って貰えたら良いなと思いながら、制作のやり方や工程を紹介しています。今回は、お二人とトークショーをさせて貰って、私も話しながらすごく自分のことが整理出来ました。こういう機会を作って貰って、また一緒にお付き合い頂いてありがとうございました。


さて、『オンラインでは絶対に言えない話』いかがでしたか?個人的には、いちげ氏の「世界が大友克洋のデッサンに見えた」という話が興味深かったです。読んで頂いた皆さんも、それぞれに感じるものがあったのではないかと思います。よければSNSでも直接でも構わないので、感想を伝えてあげて貰えると、パネリストの方々も喜ばれると思います。では、会場アンケートから感想をいくつか掲載させて頂いて、終わりたいと思いします。皆さまご覧いただきありがとうございました。


アンケートより感想
  • 全部おもしろかった!こんなトークイベントが聞きたかったので、私好みのイベントだった。
  • 愛媛の身近でクリエイティブなトークに触れる機会があまりないので楽しかった。
  • そうめん流しの話が興味深かった。
  • 春菜さんの下積み時代の話が面白かった。
  • 「黒歴史でも良かった」と思えるようになるには、自分次第なんだなぁと気付かされました!
  • うつになって「自分って大したことないな」と開き直れた話が興味深かったです。


『大木春菜の仕事展』の会期中には、もう一つのトークショー「せかクリがやりたいこと」も開催されました。大木春菜さんにご興味のある方はぜひコチラの記事も併せてご覧下さい↓↓↓



『オンラインでは絶対に言えない話』【前編】 #大木春菜の仕事展

投稿日: コメントするカテゴリー: イベントのコト


はじめに

本記事は『大木春菜の仕事展』のオープニングイベントとして、2018年12月2日に福田百貨店にて行なわれたトークショー『オンラインでは絶対に言えない話』をまとめた記事の【前編】です。


今回のトークショーは、好奇心旺盛な3人が打ち合わせをした結果、『オンラインでは絶対に言えない話』というセンセーショナルな主題になってしまいました。そのため、当日はそのネーミングに恥じないぶっちゃけトークが繰り広げられることになりました。公開NGな部分はオブラートに包んで表現したり、ときには梱包用のプチプチに包む感じで表現していたりしますが、その点はご了承ください。当日はるばる会場まで足を運んで頂いた方は、「あの話がNGだったのか!」と思い出しながら読んで頂くと、より楽しめると思います。

ところで僕の記憶が定かであれば、トークショーの事前打ち合わせの際には確か…「長時間だと聞いてるお客さんが疲れるからほどほどにしようね。」「そうしようね。」「そうしようね。」って3人で言ってたはずなんですが…フタを開けると、休憩を挟んで2時間半の長丁場となりました。前半はパネリスト3人によるクロストーク、後半は会場からの質問に答える一問一答形式で、各1時間強の濃密トークショーでした。そんな訳で、まとめ記事も【前編】と【後編】に分けて公開させて貰っています。


●パネリスト紹介

パネリストは、“愛媛で活動するフリーランスのデザイナーor編集者”という共通点を持つ以下の3名です。

市毛友一郎【メルカドデザイン】(以下:いちげ氏)

内子町在住のフリーデザイナーさん。東京から愛媛に移住。Twitter界隈で愛媛のインフルエンサーとして活躍中で、多くのクリエイターにとって頼もしい存在。

大木春菜【せいかつ編集室】 (以下:春菜さん)

松山市在住のフリーライター&編集者さん。今回の『大木春菜の仕事展』の主役。愛媛県内で数多くの仕事をこなす。二児の母であり一家の大黒柱。

黒田太士【福田百貨店】(以下:店主)

宇和島市御槇の古民家よろずや店主。元建築士の経験を活かして、デザインやWeb制作を行う。福田百貨店でイベントなども企画。この記事のライター。


●オープニングトーク

 オンラインでも言える話

今回のトークショーの冒頭15分は、いちげ氏が参加されているイケダハヤト氏主催のオンラインコミュニティ『ブロガーズギルド(以下:ブロギル)』に向けたオンラインラジオで同時配信されました。そのため、最初は「オンラインでも言える話」から始まりました。では早速スタート!

よろしくお願いします。実は今回が人生ではじめての個展なんですが、そこでトークショーをやると決まった時に「ゲストを誰にお願いしようか?」って考えたんです。いつもお世話になっている人が頭に浮かんだんですが、内輪のノリになりそうかなと思ったので、思い切って“これまで交わったことのない人”にしてみよう思いました。その時に、いちげ氏が頭に浮かんで…会ったこともないのに(笑)

そうですよね!面識無かったですよね(笑)

いちげ氏の噂はいろんな方面から聞いていて、フリーペーパーも作られているし、私と ”やっていること” とか“やりたいこと”が似ているなと思ったんです。ただ、とてもご活躍されていたので「声をかけても良いのかな?」と悩みました。そこで、福田百貨店の店主に相談してみたら…

偶然ですが僕も、一番にいちげ氏の名前が頭に浮かんでいたんです。お二人の活動に共通点を感じていたので。

そうなんですね!ありがとうございます!!


●いちげ氏のオンライン活動の軌跡

実は僕、Twitterで8月頃に“アイキャッチデザイナー”として結構話題になりまして、その頃から仕事の受注が増えたんです。そんな訳で現在は、オンライン上で請けているデザインの仕事がすごく好調なんですが、これまでオンライン上での仕事について表立って語ったことがないので、その話をさせて貰おうと思います。実は今回数えてみたら、なんと14人待ちの行列が出来ていました。納期が早くて1ヶ月半先になる状況なんです。

すごい!だいぶ先ですね!


せっかくなので、いちげ氏がTwitter上で多方面に衝撃を与えた、8月頃のアイキャッチデザインのツイートを貼らせて貰います。いちげ氏をきっかけにして、昨今のアイキャッチデザインブームが始まったと言っても過言ではないでしょう。

インフルエンサーの仕事が営業に

最初にTwitterで告知を始めた8月頃には、ヘッダーやアイキャッチのデザインが、1件あたり3千円~5千円でした。3千円程度ならサクッと頼みやすいので、《小さな実績》を重ねようと思って戦略的に考えた値段設定でした。幸いなことに、“クレメアさん”“しゅうへいさん”といった影響力の強い方々がすぐ飛びついてくれて、そういったインフルエンサーさんの仕事をやらせて貰ったおかげで、僕の認知度が短期間にすごく高まりました。

惜しかった!その時に頼んでおけば(笑)。しかし、さすがインフルエンサーと言われる方々は、感度と判断力が速い!

例えば、“しゅうへいさん”のアイキャッチやバナーの仕事をさせて貰うと、その記事がアップされるだけで、僕に問い合わせが5件ぐらい来るんです。インフルエンサーさんの仕事は、やればやるだけ営業になっています。

すごーーい☆

最初は3~5千円でやっていた仕事が、今はTwitterのヘッダーで1万5千円~2万円に値上がりしています。納期も1ヶ月半先です。これくらいの値段になると、軽い気持ちで問合せされる方は値段を聞いただけで終わってしまう事も多いんですが、この値段と納期を聞いても“それでも頼んでくれる”という人が、14人もいるぐらいオンライン上の仕事が順調なんです。

ほー☆

9月から、ブロギル上で『いちげ氏サロン』というオンラインサロンをやらせて貰っています。いまはメンバーが50人位いて、サロン内で作品や仕事のことなどを投稿すると、みんなが一斉にリツイートで拡散するなど相乗効果が生まれています。ちゃんと本格的な仕事が来るメンバーも増えていて、いまは「いちげ氏サロンに入ると仕事が取れる」というぐらいのサロンになっています。(2018年12月末現在で66名に増えたとのこと。)

お仕事の価格表について

スゴいですね!ところで、オンライン上だと顔の見えない相手と仕事をすることになりますが、その点に不安を感じるクリエイターさんも多いと思います。例えば、仕事を頼まれたけどメッチャ面倒臭い人だったとか…。そのいう経験はありませんか?

今まではなかったですし、今はもう冷やかしで頼みにくい価格帯になっているので、「本当に頼みたい」と思ってくれる人だけのお仕事をさせて頂いている状態です。

価格表みたいなものは、公開されているんですか?

今は依頼があったら送っています。ただ、料金表の下部に「今は割安にしていますが、実績が上がれば値上げしていく予定です。」という旨の補足を書いてます。そうすると、何かの拍子にお客さん同士で値段の話になったり、後々値段を上げることになっても大丈夫なので。ただ、もうちょっと値段が上がったら表に出そうと思っています。

理想の設定価格があって、そこに向けて少しずつ値上げしている感じですか?

そうですね。あと、『いちげ氏サロン』のメンバーのスキルがすごく上がっているので、僕がもう少し上の価格帯の仕事にシフトしたら、予算的に見合わない仕事はサロンメンバーを紹介してつなげていきたいと思っています。Twitterヘッダーの受注なんかも、もう少ししたら打ち切る予定です。

え!じゃあ、いちげ氏にヘッダーを作って貰いたい人は…

今すぐに!

本当にそうなると思います。では、ブロギル向けのラジオ配信はここまで~。

いよいよ「オンラインでは言えない話」へと、入って行きますね。



●いちげ氏の下積み時代

実は、東京時代はとある有名クリエイターさんの事務所で10年くらい働いていました。デザインやマネジメントのほかPV制作なんかもさせて貰って、その当時に叩き込まれた経験が、いまのいちげ氏の活動の土台になっています。

(名前を聞いたら…世界的に名の通ったクリエイターさんでビックリ∑(;゚Д゚))

ハードワーク

ただ、ものすごいハードな職場で…。月の残業が300時間超えていることもありました。休みの日も電話がかかって来るんじゃないかと日々プレッシャーを感じながら生きていて…

休めないコンビニオーナーさんみたいですね(苦笑)

そのクリエイターさんが、スタッフに求める仕事のクオリティがメチャクチャ高くて、納得して貰えるレベルに辿り着くまでのやり直し回数が半端なかったです。

「求められるクオリティが高い」というのは、具体的にどんな感じで?

例えば、工房では日々100人ぐらいのアシスタントが動いているんですけど、イラストレーターで作成した1ピクセル単位の細かい下図を、全部アナログで再現するというような作業をする感じです。そのレベルで求められるクオリティに到達しないと仕事が“終わらない”わけで…

それは…精神的にやられそうですね (・ ・;)

世界のトップレベルを知る

本当に色々大変だったんですが…その代わりに、世界的なファッションブランドや、全米チャートでトップをとるようなミュージシャンの仕事をさせて貰ったりもしたので、大変ではあったけれど仕事自体は面白かったです。

おわっ!!それは流石に一般人には見ることの出来ない世界ですね ∑(;゚ω゚ノ)ノ

はい。一人じゃ到底行けない世界を見せて貰いました。世界のトップクラスのクリエイターがどういうレベルで仕事をしているのか、ハイクオリティとはどういうものかを、10年ほど間近で体験させて貰ったのは、非常に貴重な体験でした。

ハードではあったけど、その時の経験が今の仕事にも活きている訳ですね!

はい。良くも悪くも普通では得難い経験をさせて貰ったので、そこで学んだことや感じたことをなるべくフィードバックして、『いちげ氏サロン』では、クリエイターさんがのびのびと創作活動に打ち込める“環境づくり”をしたいと考えています。


●春菜さんの下積み時代

春菜さんも、「あの頃があるから今がある」と言えるような下積み時代の話などはありますか?

いちげ氏の話の後ではレベルが違い過ぎてなんですが(笑)私は『Komachi』っていう地元愛媛の地域情報紙に新卒で入って…

爆笑する3人
〈ある偶然の一致により会場が爆笑に包まれたけど、そのお話は内緒(*・∀-*)〉

厳しい上司の下で

その当時の上司がホントに厳しい人だったので、泣いてキーボードに鼻水を垂らしながら仕事をしていました。最初は周囲も「あの新人はあと何日で辞めるかな」という感じで…

コチラもなかなか壮絶ですね(苦笑)

でも、我慢できなくて一回歯向かってみたんですよ。そうしたらみんなが「凄い!よく言った!!」って感じになって、「こいつは意外と大丈夫だ」って一目置かれました。ただ、すごく現場が凍り付いたので、その1回キリで「こういうことはもう止めとこう」と思いましたね。

現在のスタイルはこうして生まれました

ところで、春菜さんの今の作風は割りと“ゆるゆるテイスト”ですよね。そんなキツキツな環境で仕事をされていて、自分の良さは出せてたんですか?

実は『Komachi』という雑誌自体が「あえてオシャレにし過ぎない」という雰囲気があったんです。逆に、私はもともと『SAVVY』とか『Hanako』みたいなスタイリッシュなデザインの雑誌が好きだったんです。だから、それらを参考にしてデザイナーさんに指示書を出していたら、『Komachi』のテイストと違うってメッチャ怒られてました(笑)

それ、何だか意外です!

でも一度、ゆるいテイストのイラストMAP付きコーナーを立ち上げたときに、それまで怒られたことしかなかった上司に、「あんた頑張ったわね!これを見ると涙が出てくるわ!」って、初めてメッチャ褒められたんです。

すごい!ベタ褒めじゃないですか!!

そうそう(笑)それで「“ゆるいテイスト”もアリかな?」って気付いたんです。

〈初めて褒められた企画〉

なるほど!“ゆるいテイスト”を評価してくれたのが、厳しかった上司なんだね。

そうなんですよ。その時の一件がすごく自信に繋がったから、もしかしたら今そっち系なのかもしれないです(笑)

ハードワークの功罪

以前、インフルエンサーのKUMAPさんが、「自分を形作っているのはハードワークだった頃の経験だけれど、だからといってその働き方を肯定するのもいかがなものか?」という主旨のツイートをされていました。それは本当にその通りで、そうなんだけど…一方で、春菜さんも僕も、そういうウルトラスーパーハードな環境が自分をトレーニングをしてくれたのは間違いなくて、それがなかったら今みたいな活動はたぶん出来ていないですよね?

そうですよね…。

打たれ強くもなるし、「あの時代があるから今がある」と言えるんだけど、ただそのやり方が今の時代や万人に適しているかというと、そうとも思えないし…

どうしたら良いんでしょうね…(・_・`;)?

私の場合、次に入った制作会社が真逆のユルい環境で、みんな社員でありながらフリーランスみたいな良い感じだったんです。ただ、経営的に厳しい時期だったので、自分の中ではかなり修行になりました。それまで1回もやったことのなかった営業のスキルが、その頃のおかげで身に付いて、いまとなっては良かったなと思っています。

つまり、ウルトラスーパーハードな環境は、僕や春菜さんみたいに“打たれ強い人”である場合には、独立後にフリーランサーの武器となるスキルを身に付けられる“またとない修行の場”になるのだけれど、でもそれは、そういう厳しさに耐性を持っている“ある種ラッキーな人”の場合に限るという、例外的な話なんでしょうね。

そういうことですね。


●いちげ氏のクリエイターへの想い

オンラインサロンのオーナーさんって、いわば“上司”ですよね。でも『いちげ氏サロン』を見ていると厳しさは全然なくて、むしろすごく褒めたり、宣伝してあげたりしていますよね?

それは意識的にやっています。オンラインサロンって会社と違って、参加費を毎月払って自分から望んで入っていので、辞めるのも自由なんです。就職している訳でもないですから、ちょっと「やだな」と思ったら次から来なくなります。

確かに。

クリエイターは褒められて伸びる

僕が基本的にそうなんですが、クリエイターさんって、褒められるとスゴく喜ぶんですけど、けなされると心にダメージを負うぐらいヘコむんですよ。本当に“+100”か“-100”なんです。

うんうん。

デザインも絵も、やればやるほど上手くなる類いのものだから、けなされて止めたらそこで終わっちゃうんです。 だから、作品を見せてくれたときに、僕は良いところは全部褒めてあげるんです。それにみんなにも色々褒めて貰える。そうすると、「また作ろう」「また見せよう」という創作意欲が湧いて、次々に作品をつくりたくなる。それが、オンラインサロンという環境でクリエイターさんが一番伸びる方法だと思っています。

なるほど~。

それに、みんなが作品を出していると、「自分も出さなきゃ」というプレッシャーになる。ただそれは威圧的なストレスなんかじゃなくて、「みんなが楽しそうにしている輪の中に自分も入りたい」というプラスのエネルギーで、クリエイティブな活動に携わっていける。そういう環境をつくるのが『いちげ氏サロン』なんです。

以前の職場の経験が、反面教師として活かされている感じですね!

本当だ、めっちゃ活かされてる!

そうですね。だけどそれだけじゃなくて、「クリエイティブに対する向き合う姿勢」も学んだし、一番は「クリエイターさんというのはリスペクトされるべきである」ということを学びました。


いちげ氏の「クリエイターさんをとにかく褒める」という考えについて、その想いを連投されているツイートがあったので、以下に貼らせて貰います。興味のある方はクリックして一連のツイートを読んでみて下さい。

クリエイターにリスペクトを

広告代理店と仕事をするときに、デザイナーの立場って“末端”にあるんですよ。完全に下請けなんです。「仕事を振ってやってるし、金もやるんだからやれよ。」っていう感じ。でも、リスペクトされないクリエイティブって面白くも何ともないんです。 だから、クリエイターさんが基本的にリスペクトされて、「その才能に対してお金を払いたいから一緒にものを作って貰えませんか?」っていう対等な立場で、みんながデザインの仕事を出来るような形を作って行きたいと思っています。

リスペクトしていない代理店さんは多いですよね。言葉遣いひとつでも分かる。「○○さん使おっか。」みたいな言い方や仕事の振り方をされると、嫌な感じがします。

そうですね。「○○さんに“お願い”しようか。」っていうスタンスが、クリエイターさん側も一緒に気持ち良く「この人たちのために自分も頑張って作品を作ろう。」って思える形かな。

「誰でも良いから。」っていう案件もたまにありますよね…。私の場合、ライターが何人かいて“その中の一人”というような振り方をされるケースも結構あるんすけど、そういう仕事はなるべく減らして行きたいなと思ってます。

僕もそういう仕事は、いまは全部蹴ってます。

そうですよね。私は以前、オファーを貰ってこちらが返事をする前に、先方から「やっぱり他にいたのでいいです。」って断られたこともあって、すごい失礼だなって思ったことがあります。

提案を受け入れて貰える仕事へシフト

松野町の観光パンフレット『まつの日和』を作ったときには、行政担当から「観光パンフレットの在庫がなくなるので、これと同じようなものを作れませんか?」っていう話をされたんです。けれど僕は、「これと同じようなものを作ってもあまり意味がないので、全然違う形にしましょう。」と言いました。簡単に言うと、クライアント側からリクエストされたことではなく「もっとこうした方が良いですよ」っていう『提案』をさせて頂いたんです。

なるほど。

“大きく特集されているもの”と“小さくしか書かれていないもの”という形で、意図的に情報格差をつけた方が、観光客には情報が届きやすくなるので、「雑誌のように読めるパンフレットにしませんか?」という提案させて貰いました。一般的に、情報格差をつける手法は行政には不向きなのですが、町の担当者は受け入れてくれました 。このように、提案を受け入れて貰える感じの仕事がやっぱり一番楽しいし、やりがいを感じます。

多くのクリエイターが望んでいるスタイルだと思います。

そうですね。幸い僕は愛媛でそれが実現できちゃっています。内子町でも『内子紀行』っていう総合パンフレットのコンペにお声が掛かって、大手事務所が参加するプロポーザル方式の入札において、採用して貰うことが出来ました。参加を誘ってくれた担当の方は、僕が採用されるとは考えていなかったみたいですが、町長さんなどの偉い方々が僕の提案を気に入ってくれたみたいです。今は「メルカドデザインさんじゃないと出来ないね。」という感じで求めて貰える仕事だけに、絞って行きたいなと思っています。

そのスタイルで仕事が出来るのが理想的ですね。


といったところで、トークショー前半のパートが終了となりました。「ウルトラハードな下積み時代だったけど、その時の経験があったおかげで、フリーランスとしてやっていける今がある。」というようなお話が興味深かったですね。皆さんはどのように感じられたでしょうか?休憩を挟んで後半は、質問に答える形式で話がどんどん盛り上がっていきます。引き続き『オンラインでは絶対に言えない話』【後編】もご覧下さい。


『大木春菜の仕事展』の会期中には、もう一つのトークショー「せかクリがやりたいこと」も開催されました。大木春菜さんにご興味のある方はぜひコチラの記事も併せてご覧下さい↓↓↓

https://fukuda100.com/blog/2018/12/17/%E3%80%8C%E3%81%9B%E3%81%8B%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%81%8C%E3%82%84%E3%82%8A%E3%81%9F%E3%81%84%E3%81%93%E3%81%A8%E3%80%8D%E5%A4%A7%E6%9C%A8%E6%98%A5%E8%8F%9C%E3%81%AE%E4%BB%95%E4%BA%8B%E5%B1%95/


似顔絵

「せかクリがやりたいこと」#大木春菜の仕事展

投稿日: コメントするカテゴリー: イベントのコト

はじめに


 本記事は『大木春菜の仕事展』を締めくくるイベントとして、2018年12月9日に行なわれたトークショー『せかクリがやりたいこと』をまとめた記事です。トークショーは、せいかつ編集室の大木春菜さんをメインスピーカーに、司会を福田百貨店の黒田が務めさせて頂き、春菜さんが運営するWebマガジン『せいかつクリエイト(以下:せかクリ)』を話の軸に据えて、仕事の流儀や裏話などを語って頂きました。

せかクリSC
〈こたつに入ってのまったりトークショー〉

 せっかくお話し頂いたせかクリの裏側を、出来るだけ詳しく書き記しておきたいと考えたために、少しボリュームのある記事になっていますが、「ライター」「編集者」「デザイナー」「フリーランス」「春菜さん仕事や生き方」といったフレーズに興味のある方には、得るものや共感ポイントが多い記事だと思います。トークショーで語られた春菜さんの言葉を僕目線で再構築してあるので、1・5人称のちょっと独自のスタイルの文章になっておりますが、楽しんで読んで頂けたら幸いです。では、春菜さんの簡単な紹介からスタート!

大木春菜さんの生い立ち


 出身は、愛媛県大洲市長浜町の山の中で、野山を駆け巡る少女時代を過ごします。田舎なので同世代は少人数、その中では比較的勉強が出来るタイプだったので、出来る子ポジションに収まっていたのだとか。中学時代は結構ないじめに遭っていたものの、自身はそこまで気にしない鉄のメンタルを保有。地元高校に進学し獣医を夢見るけれど、これまた比較的勉強が出来たがために、親や先生の期待を背負って公立の岡山大学の文学部に進学することに。県内では有名な地元のタウン情報誌『愛媛Komachi』の編集部に新卒で入社。

プロフィール
〈歩んできた道が今の春菜さんを形作っていると感じるプロフィール〉

 就職後は、厳しくも厳しい上司にビシバシ鍛えられたサラリーマン生活のおかげで、ライター&編集者として必要な技能を(泣きながら)叩き込まれる。もともと有していた鉄のメンタルが、鋼のメンタルに鍛造されたのもこの時代。あと、当時好んでいたスタイリッシュ路線から離脱し、現在のユルい作風が開花したのはこの時代の副産物。その後、独立して1度目のフリーランスとなるも、制作会社『ラフスタイル』にスカウトされて再び務め人になる。そこは“自由な社風”と“責任ある立場”が共存する絶好のレベルアップの場で、この時代にフリーランス活動に欠かせない《稼ぐ力》を会得する。出産を機に退職。再びフリーランスとなり、『せいかつ編集室』を立ち上げて現在に至る。二児の母であり、大木家の稼ぎ頭。

せいかつ編集室とは


 『せいかつ編集室』は、2012年に春菜さんが立ち上げ、後に旦那さんも加わって二人で営んでいるフリーの編集社。「編集の力でファンをつくる」をテーマとし、設立当初はHPのディレクションをしたり、ショップカードなどの紙物の制作を主な仕事とした。圧倒的なアウトプット量を誇り、「あ、これ見たことある!春菜さんの仕事だったんだ!」という感想を口々に聞くほど、愛媛県内の様々なショップやイベントの制作物に携わっている。県内では「犬も歩けば春菜さんに当たる」と言っても過言ではない…と僕は思っている。

作品写真
〈あのイベントも、このお店も、随所で見かけていた春菜さんの作品〉

 2年前くらいからは継続的な《情報発信》の重要性を強く感じ、活動の重点をそちらにシフト。これは、「チラシやWebサイトを作っただけで集客できる」と思っている人が多いと気付いたため。現在はSNSの代理投稿業務や、HPの更新業務など、継続的な情報発信の支援に力を入れている。それに絡んで、今回のトークショーの主題となるWebマガジン『せいかつクリエイト』が重要なキーワードとなってくる。まさに、せいかつ編集室がこれから力を入れて行くメイン事業であり、今後の展開から目が離せない注目のコンテンツなのである。では、ここから話は本題へ。。。

せかクリ誕生のきっかけ


 独立してフリーのライター&編集者として活動を始めた春菜さん。本人が「アウトプット量がとにかく多い」と言うように、もともとは一日に何件もの取材や打ち合わせを捌(さば)いていく“件数をこなすタイプ”の働き方をしていたそうです。仕事も軌道に乗って引く手あまた、そんなせいかつ編集室に転機が訪れたのは2016年のこと。

 その年に生まれた二人目のお子さんの心臓に生まれつきの病気が見つかり、月の三分の一は病院に通わなければいけないかも…という状況になったそうです。そこで、「これまでの働き方を見直そう」と夫婦で模索する中で、“件数をこなす”という仕事路線を見直すことになりました。さらに、旦那さんがサラリーマンを辞めてせいかつ編集室のマネージメントに就き、仕事と育児を二人三脚の体制に切り換えたのもこの時期のことです。

 そんな働き方改革をしていたせいかつ編集室の元に、仕事で一緒に活動していたデザイナーの石川智子さんから「助成金をGETしたから、大きいWebサイトを作らない?」というお誘いが舞い込みます。。。

せかクリ誕生前夜①収益をどう稼ぐ?


 折りしも、働き方を見直す1つの手段として「Webマガジンを作って行こう」と、思っていた矢先に訪れたWebサイト立ち上げの話。二つ返事で乗っかって、どのようなコンテンツを作るかの構想を練ることになりました。まず考えたのはお金のこと。

セカクリ
〈二人で徹底的に話し合った〉

 その頃はまさに、全国で『地域メディア』をみんなこぞって立ち上げている全盛期でした。そのようなサイトの多くは、情報数を集めるために無料で取材を行って「PV数を稼いでアフェリエイトでマネタイズする(…簡単にいうと、Webサイトの閲覧数を増やしてオンライン上の広告費で収益を得る)」というパターンが主流でした。もしくは、行政の事業として豊富な資金を得て大々的に運営するパターンのいずれかでした。

 しかし、件数をこなす働き方を見直そうとしていたせいかつ編集室にとっては、数をこなす方向性は真逆であり、受け入れがたいものでした。その上、家庭を支える屋台骨となる仕事ですから、“PV数”という不確かな要素に頼るバクチを打つ訳にもいきません。また、助成金を受けるという方法も、活動の自由度が縛られてくるため「本当に自分たちがやりたいこと」が、出来なくなる懸念がありました。そのため、Webサイト立ち上げのきっかけだったはずの助成金を利用する手段も除外しました。

 そうした話し合いの結果、一般的に王道と言われる稼ぎ方とは必然的に距離を置くこととなり、“自分たち”はどのように稼ぐかと考えて抜いた末に、「クライアントから直接お金を頂いて記事を書く」という現在のスタイルに行き着きました。

せかクリ誕生前夜②コンセプトは?


 収益構造に続いて、Webメディアとしての立ち位置も検討が必要でした。他の似たような地域メディアと同じことをしても意味がありません。「私たちだから出来ることは何か?」「私たちがやりたいことは何か?」を突き詰めました。せかクリのコンセプトを考えるに当たっては、「私のお客さんは何を望んでいるのだろうか?」と深く問い直しました。その時に役立ったのが、長年いろんな媒体で取材してきた中で感じていたある違和感でした。

 それは、「取材されるお店は決まっている」という事実です。例えば、郷土料理を扱うお店や観光客ウケするようなお店、情報誌のネタとなりやすい業態のお店は、メディアに取り上げられやすく露出が多くなります。露出が増えることでお店が流行り、さらにメディアに取り上げられやすくなる…という循環で、流行るお店はドンドン流行っていきます。一方で“そうではないお店”は、そもそもメディアで紹介されることがなく、実力があって良いことをしていても、集客に苦労しています。そのような現実を見るにつけて、そういうお店の役に立ちたいという想いが募りました。

Komachi時代の雑誌
〈過去の様々な取材経験が今に活きる〉

 せいかつ編集室がもともと、「実力があるのに集客に苦労している」というタイプのお客さんが多い傾向にあったのも、そういう想いが根っこにあったからかもしれません。そのため「私のお客さんは何を望んでいるのだろうか?」と考え抜いた末に行き着いたのは、「私のお客さんの一番のニーズは《知って欲しい》というものだ」という答えでした。

 そうしてせかクリは、「良いことをしているのにメディアに拾って貰えないお店の受け皿になりたい!」という、ライターとしての情熱を注ぎ込むWebサイトになりました。

せかクリ誕生前夜③アウトプットの形


 Webサイトとしての収益構造と方向性が定まれば、あとは具体的なアウトプットをどのような形にするかを決めるだけです。そこで役立ったのが、それまで引き受けてきた“SNSの影武者”の仕事でした。それは、依頼先の企業からfacebookのアカウントを借り受け、取材した内容をもとに月に1回記事を代理投稿するという業務でした。そして、その仕組みを知っている友人から言われていた言葉が大きなヒントとなりました。

 それは、「本当に良いと思って書いている記事と、ネタがない時に仕事と割り切って書いている記事は、その温度差が読み手には伝わっているよ。」という指摘でした。自分がすごく良いと思って書いた記事は、“いいね”やコメントの数がすごく多かったけれど、思い入れのない記事の反応が悪いことは、自分でも薄々気付いていました。その時の、「自分の本当の気持ちが入っていなければ、読み手の行動を促すような良い記事は書けない。」という気付きがあったため、せかクリは「私が100%自信を持って勧められるという記事しか書かない!」と決めました。

せかクリの仕組み


 フタを開けてみれば、目先の助成金に頼らず…ちまたで主流の広告収益にも頼らず…自分たちが本当に良いと思ったお店や人だけを…ライターの想いを載せて世の中に発信する…という、なんとも尖った方針でスタートした『せいかつクリエイト』。春菜さんたちはこのサイトを一言で《ブランディングマガジン》と表現します。

せかクリSC
〈せいかつクリエイトのマガジン〉

 改めて具体的な内容を説明すると、企業や店舗やアーティストといった様々なクライアントから依頼を受けて、読者にその“魅力”と“世界観”を伝える記事を作成するのが主な仕事です。現在の仕組みは、「1記事いくら」でクライアントから直接代金を支払って貰う形になっており、基本的には4回分を1セットで契約するスタイルを取っています。

 なぜ4回1セットになっているかというと、1記事だけでは読者に店名などを覚えて貰えずに一過性のものとなりやすいためです。読者の頭に残らなければ、クライアントがお金を払って記事を頼んだ価値が薄らいでしまいます。繰り返し波状的に発信することで、読者の認知度を確かなものとすることを狙っています。そこまで視野に入れているのは、ただ記事を書くだけではなく、実際に読者が行動を起こし《結果に繋がる》というところまで重視しているからです。

 また、せかクリは《ブランディングマガジン》という基本コンセプトがあるので、単にお金を貰ってクライアントの話をそのまま記事化するメディアとは違います。少し大げさかもしれませんが、《クライアントが持っている潜在的な魅力を“消費者目線で発掘する”》ということと、《消費者が求めてる潜在的なニーズを“クライアント目線で提案する”》という両方を行っている訳です。少し堅苦しい表現だったので分かりやすく例えると、“見ず知らずの二人の特徴を見抜いて、見事に縁結びをする凄腕の仲人のおばちゃん”というイメージを思い浮かべて貰うと、理解しやすいのではないでしょうか。それを、自分たちが得意とする“デザイン”と“言葉”のチカラを用いて、Webマガジンという手法で行っているのです。

 実際、「ここはこうした方がもっと良くなる!」と感じたときは、そのことをストレートにクライアントに伝えるようにしているそうです。「お互いに意見を磨き合った上で載せることを心がけている」と春菜さんは語っていますが、きっと“磨き合う”という言葉の奥にある真剣なやりとりを経て、ブランディングがなされて行くのでしょう。つまり、せかクリは《ブランディング》というコンセプトを有することで、他の一般的なメディアとは違う場所に立っているのです。

 そんな独自方針を打ち出しているせかクリですが、お客さんから「記事を書いて欲しい」と依頼されるケースよりも、自分から「記事を書きませんか?」と営業して受注するケースの方が圧倒的に多いのだそうです。なぜでしょうか?

クライアントは一本釣り


 それは、せかクリというWebサイトを、「すごく良い活動をしているのに“発信だけが足りない”と感じた相手の、魅力を伝えるお手伝いをするWebマガジンにしたい。」という春菜さんの想いがあるからです。そのようなお店や人を自ら発見したときに、「掲載してみませんか?」と一本釣り営業をかけて行くスタイルが、今は主流になっています。

 また、春菜さん自身の「これからは好きな人と仕事をして行きたい」という働き方への想いも関係しています。そうすることで、精神的に良好に仕事が出来ることや、コミュニケーションが円滑に取れるという良さがあり、そして何よりも、最終的な成果品の質に繋がるという良さがあるからです。

 これは、先ほどあった「私が100%自信を持って勧められるという記事しか書かない」というせかクリの方針を貫くものです。せかクリは、「私の好き」を発信することに価値があり、「私の好き」が質を担保するメディアとなっています。すると言わずもがな、紹介するモノやヒトとフィーリングが合うことが大前提となって来ます。ですから、自分が気に入ったお店や人に対して営業をかける方法が、結果的にクレームや不具合が生じにくく、良い仕事に繋がる率が高くなるということです。

 もちろん、相手方から「やって欲しい」と依頼されるケースもあります。ただ、依頼を受けた場合でも、何度かヒアリングを重ねた末に結局やらなかった…というケースも、結構あるようです。

大切なのは、時に断る勇気。


 相手とフィーリングが合うかどうかは、ある程度話を深めてみなければ、見極めるのは難しいものです。しかし、ある程度まで話を重ねた段階でお断りを入れるのは、そこまで築いた関係にヒビを入れることにもなりかねず、難しいようにも思えます。その点、「メンタル的な部分でプレッシャーが生じないのだろうか?」と疑問に思ったので、春菜さんに質問してみました。

 話を伺うと、実際これまでに依頼を受けながらお断りをいれたケースとしては、ヒアリングしてみたら「意外と中身がない」と感じたり、相手から求められる成果(主に集客の理想)が大き過ぎたり、お互いのフィーリングが合わなかったり…といったケースがあったそうです。そういう場合は、何度かヒアリングする内に「アレ?」と違和感が生じてくるそうです。その時には大抵先方も「アレ?」と感じていることが多いようで、どちらともなく「終わりにしましょう」という話になるそうです。

 つまり、フィーリングが合わないというのは一方的なものではなくて、双方が感じることなのでしょう。ただそう感じた場合でも、一般的には仕事と割り切って続けてしまう人が多いかと思います。そこを躊躇わずにお断りを入れるには勇気がいりますが、結果的にはお互いにとって最良の判断になる事の方が多いということを、心に留めておきたいところです。

みずごころ
〈春菜さんが発行するリトルプレス「みずごころ」〉

 せいかつ編集室が掲げている「自分の感性と合うクライアントと仕事をする」という方針は、多くのフリーランスの方が理想とする働き方だと思います。ただ、それを実現するためには、来る仕事を無選別に引き受けていては、結果的に自分たちのブランドがボヤけてしまったり、成果物の質を落としかねません。それに、精神的な面でも消耗してしまいます。せいかつ編集室の場合は、自分たちの基準に照らして、必要な時にはズバッと断る決断をすることで、理想とする働き方を得ると共に、仕事の質を確保しているのだと感じました。

 このように、自分の会社や成果物の質をより高めていくためには、《フィーリングの合うクライアントと上手に巡り会う仕組み》が重要になってきます。春菜さんの話を伺っていると、せかクリはそのための仕組みとして、いくつかの《フィルター》が効果的に働いている姿が見えてきました。

質を高めるフィルター


 まずは「高くもなく安くもなく」という金額設定が、フィルターとして有効に機能しています。どういうことかというと、金額が高すぎるとすごく大きな効果を求められて重荷になりますし、安すぎると誰でも来てしまうので大変なことになりますが、そこが現状の働き方とサイトのコンセプトに対して、バランスの取れた丁度良い金額設定になっているそうです。

 また、過去の作品もフィルターとして機能しています。大抵のお客さんは過去の制作物を見た上で依頼をしてくれるので、依頼する段階である程度こちらのアウトプット像をつかんで貰っており、「イメージと違う」という揉め方は少ないとのことです。「やっていることを今はバンバン公開しているので、自然とフィーリングの合う人が集まって来ている」と春菜さんが語るとおり、自分の作風やスタイル、過去の作品などを積極的に公開することが、結果的に相性の合うクライアントと自分を結びつけてくれるフィルターとして機能しているのです。その点に関しては、稼働年数の割りに仕事のアウトプット量が多い春菜さんだからこそ、より良好なマッチングが起きやすい環境が整っていると言えるのかもしれません。

過去作品
〈過去の作品が自分を紹介してくれる〉

 そして、見逃せないのが『配偶者フィルター』です。旦那さんと一緒に活動しているため、「何か引っかかるな」と感じるときは、旦那さんに相談して判断を仰ぐそうです。そこで「やめよう」と判断されることもしばしばあります。また、クリエイターにありがちな「見積りを安くしてしまう」という問題に対しても、旦那さんに相談して決めることで、弱気や情に流されることなく、冷静な値付けを可能にしています。そもそも、「夫と一緒に仕事しているので相談して決めます。」と伝えることで、クライアント側も「旦那さんも一緒に働いている」という体制を見越して、金額面の覚悟してくれることが多いそうです。

 確かに、そう言われて自分の経験を振り返ってみると、仕事を依頼するときや逆に見積りを提示するときに、相手の経済的な状況や組織の体制などを、何となく想像しながら受発注している気がしないでもありません。「どれだけのものを支えなくてはいけないか」という体制を、外部から見えるようにすることは、意外と大事なことなのかも知れません。

《私の主観》が最強のツール


 ライターとして実績を持つ春菜さんに、《記事を書くコツ》を尋ねてみました。すると意外なことに、「記事を書くことに自信は持っているけど、必ずしも文章を書くのが上手いという訳ではない。」という回答が返ってきました。「私より上手に文章を書ける人は沢山いるし、私は誤字や脱字なんかも多い方だと思う。ただ…」と、それに続く言葉の中に、せかクリの本質を表す言葉が語られました。「ただ…私は感動したことを感情を込めて書くのは得意!」と。

 せかクリの大きな強みとして《私の主観》があります。営業の段階からクライアントには、「完全に私の主観で書きますけど良いですか?」「主観で書いた方が最近の時代に合っていると思うけど良いですか?」と、許可を貰うようにしています。そうすることで、自分が良いと思った気持ちや、感動した感情をストレートに載せて書くことが出来るため、結果的に良質なアウトプットになりやすいのです。クライアントにも「そういう見方があったのね」という感じで、好意的に受け止めて貰えることも多くあります。

 さらに、《私の主観》で感動したポイントを表現することの利点として、情報が間違っていない限りは、大きな修正が入ることが少ないという点も挙げられます。基本的に個人として感動した気持ちを表現するので、それに対して修正が入ることがあまりないのです。修正が少ないと言うことは、手戻りによるロスが生じ難いということです。このことは、後述する《スピード》と《量》が強みの春菜さんにとって、多大なるメリットを産んでいます。

手帳
〈自分が愛用しているオススメの手帳は、仕入れて販売している〉

 ただしこの《私の主観》を武器とする場合は、“良いと感じるポイントの質”=“目利きがしっかりしていること”が重要になってきます。春菜さんの場合は、多くの媒体で取材に携わってきた経験を有することで、その目利きの部分に優位性があって、そこが真価を発揮できる絶好のフィールドなのだと思います。

 あとは、内から溢れる“私の感動”を表現するだけなので、それは筆の速さに直結することとなり、修正が少ないことと相まって、《スピード》と《量》という強みを最大限に引き出す仕組みになっています。

 この仕組みは、春菜さんのように情報インプットの量に自信のある人にとっては、非常に効果的な方法だと思われます。幅広い業種に精通していなくても、自分の専門や得意とする分野があれば、そのフィールドにおいて十分に応用できる手法ではないでしょうか。

強みは《スピード》と《量》と《感情》


 現在せかクリの記事は、画像加工やライティングも含めて1記事3時間程度で書き上げているそうです。それを聞いて僕は正直「早っ!」とビックリしたのですが、今後はさらに《早い媒体》を意識してスピードを上げていくというのだから驚きです。「間違えたらどうしようとか、こだわりたいなというやり方をすると、すごく時間がかかってしまう。それよりも《スピード》と《量》で勝負したい」と春菜さんは語ります。

 実は今回『大木春菜の仕事展』の展示を見たお客さんから、「イラストがほとんど一発書きですね」という言葉を頂いて、春菜さん自身も「本当にその通りだな」と再認識したそうです。「基本的にイラストは一発描きを心掛けているし、絵日記も一発書き、記事はさすがに一発書きではないけれど、一発書きのつもりで書き上げている。」というのですから、かなり徹底しています。もちろんそれにも理由があって、気合いを入れすぎて時間をかけるよりも「熱量のある内に一気に書き上げる」ということを重視しているのです。

原画
〈イラスト原画などは基本一発書き〉

 現在はSNSでの情報発信が主流の時代であり、シェアやリツイートで情報を拡散して貰うためには、みんなが熱いうちに投稿することが一番大事だといいます。「とにかくスピード重視で下手でも良いから一気に書き上げて数を出し続ける」というのが、今の時代に文章を書くコツだそうです。それに、時間をかけてまとめられたすごく上手な文章をよりも、多少下手でも感情が伝わってくるもの、本人の熱量が伝わってくるものの方が、SNSで伝わりやすい傾向にあるという理由もあります。

SNSとの相性


 つまり、春菜さんが得意とする「感情の込もった記事を素早く、数多く発信する」というスタイルは、このSNS時代の潮流に乗って、大きな強みとなっているということのようです。それだけに、「SNSでの自分の発信力を高めていきたい」と春菜さんは野望を語ります。

 なお現在、春菜さんが利用しているSNSは以下の3つです。それぞれの性質に合わせて使い分けています。

facebookは、主に県内ネットワークに向けてビジネス用途で使用。

Twitterは、全国のネットワークに向けて。気楽に何でもタイムリーに発信出来る。

Instagramは、情報の統一感を重視して、量より質で勝負。

やはり、情報発信のためにSNSを上手に活用することは重要であり、自分の強みとSNSの特徴をリンクさせて上手に効果を発揮させることは、多くのフリーランサーにとって必要なスキルになってきています。

クライアントの声


 実際に、せかクリの記事のライティングを依頼された方々がどのように感じているかは気になる所です。そこで、いくつかの事例を紹介して頂きました。

 奥道後温泉の記事では、最初単発だったものが記事の集客効果を評価されて、毎月の連載契約を頂けるようになったそうです。大きな理由として、SNS経由でモニターを募集した際に、即座に定員を上回る申込みを集められたという、春菜さんの発信力を評価されたそうです。もう1つは、せかクリに記事を掲載したことで、前年と比較して売上がアップしたのと、SNS上での奥道後の投稿が増えたことを評価して頂いたそうです。

奥道後温泉
〈記事でお客さんが実際に足を運んでくれる〉

 長くお付き合いをさせて頂いている下着屋さんのケースでは、せかクリに載せ始めてから「それまで見かけない属性のお客さんが増えた」という感想を頂いています。以前は少なかった二十代・三十代の若いお客さんが増えたそうです。そして何より、「質の良いお客さんが来店されるようになった」という言葉を頂いています。

 どちらにも共通していることは、ただWeb上の記事を読まれるだけに留まらず、実際に店舗まで足を運ぶお客さんを多数生み出しているという成果が出ていることです。正直なところ、せかクリ自体はまだ大声でアピールするほどのPV数があるメディアではないですし、SNSのフォロワー数もインフルエンサーと言えるほど多いわけではありません。けれども、質の良い感度を持つ人たちとのネットワークを築いているために、情報を発信すればお店まで足を運んでくれたり、商品を買ってくれたりといった《実際に動いてくれる質の良いお客さん》と多く繋がっているのです。

 よく知人や友人から「どこがオススメ?」と聞かれることが多いそうです。それは、春菜さんがいろんなお店や人の情報をよく知っていることを、周りのみんなが認識しているからです。つまり、大木春菜さんという個人が持つ情報量と質に信頼を寄せる人が沢山いるということです。だからこそ、集客行動に繋がる情報発信が可能になっているということです。

 一般的には、どれだけ記事の閲覧数があったかという“PV数”でWebメディアは評価されます。しかしせかクリの場合は、PV数やフォロワー数がそこまで多くなくても、クライアントが本来求めている“お客さんが行動を起こす”という、最も重要な価値を生み出すことに成功しています。例えるなら、『打席数は少なくても打率は高い』というのが、春菜さん及びせかクリの持っている強みなのです。

 

最終目標「私が媒体になりたい」


 春菜さんは「最終的には私自身が媒体になりたい」と夢を語ります。それは、るるぶやkomachiといった情報媒体に、自分自身がなるということです。そう思うようになったきっかけは、ある方が春菜さんの編集者としてのカラーを次のように評してくれたから。

「色で例えると透明だね。白だと濁るけれど、透明だとその色に染まることなく伝えられる。」

 その言葉を聞いた時、嬉しい気持ちと共に「私は媒体になろう」という想いが芽生えたといいます。そんな春菜さんにとって、今のライターや編集者という仕事は正に天職だといえるでしょう。また、『せいかつクリエイト』というWebサイトを得たことで、自分の個性を最高に発揮できる大海に漕ぎだしたかのようにも感じます。今の春菜さんを見ていると、「自分の望む人生を実現するために、自分が最も活躍できる場所や環境を自ら選び取っている」と感じるのは僕だけではないでしょう。春菜さんの「限りなく透明に近い主観」を通して、これからどんな言葉が紡ぎ出されていくのか?また、生きる情報媒体としてどのように成長を遂げるのか?今後の活動にぜひ注目して頂きたいと思います。

私の机
〈これからどんな仕事がうみ生み出されるのか〉

 最後に、春菜さんの言葉を紹介して終わりにします。それは、長浜の山の中で生まれ育った自分の半生を振り返って紡ぎ出された言葉です。

「私は幼い頃から常に、小さい世界のお山の大将で育ってきた。けれど、今はそれで良いと思っている。私より文章や絵が上手い人は沢山いるけれど、私には私が必要とされる山がある。いま住んでいる愛媛という小さなお山の中で活躍できるなら、私にはそれが良い。」


読書ファイル003「警察内部告発者」原田宏二 著

投稿日: コメントするカテゴリー: 本のコト


実名で警察の裏金問題を告発した元警察官:原田宏二氏の著書です。

北海道警裏金事件』の告発から1年後に出版された本で、告発の経緯やその後の顛末などが書かれています。

 

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さて、なぜ僕がこのようなお堅い本を手に取ったかというと、時間つぶしで寄った図書館でボ~~~と座っていたとき、椅子の横の本棚で偶然目に入ったのが本書を手に取ったきっかけです。しかし、借りて読もうと思ったのは、また別の理由があります。実はお世話になっている弁護士さんが、ガッツリこの事件に関わっていたためです。

 

原田氏が警察の不正を告発するに当たって、警察という絶対的な権力を持つ組織を相手に、一個人が反旗を翻すというのは相当なリスクがあることは想像に難くありません。それを法律の専門家として支えて代理人を務めたのが、札幌弁護士会の市川守弘弁護士です。

 

その市川弁護士ですが、環境法律家連盟副代表や、日本森林生態系保護ネットワーク事務局長を務められていて、法律だけでなく自然環境問題に関してもスペシャリストです。実は店主、以前から御槇の風力発電建設問題に絡んで、その市川弁護士に大変お世話になっております。何度も北海道から愛媛に来て頂いて、環境に関する講演や法律的な相談、はたまた行政調停の代理人を引き受けて頂いたりしています。

 

例えるならば、みなぎる正義感が服を着て歩いているような方で、身近で接していて感じるのは、知識も経験も覚悟も持ち合わせている本当に凄みのある方だなという印象です。『骨太の弁護士』と言う言葉がこれほど当てはまる方もそうはいないだろうと思っています。

 

そんな市川弁護士が過去に携わった歴史的な大事件がどんなものであったのか、見るからに凄いと思える人がどのような道を歩いてきたのか、その一片でも触れてみたいと思い読んでみました。

 

 

告発を行った元警察官の原田氏は、北海道警察で警察署長や方面本部長などを歴任した警察官。ノンキャリアの最高最高階級である警視長まで登りつめた役職者です。そんな上の地位にあった方の告発とあって、当時は大きなニュースになっていました。2004年の話です。

 

その当時、原田氏の告発に端を発し、全国各地の警察で告発が起こったことは、みなさんも記憶の片隅にあるのではないでしょうか。愛媛県でも現職警察官の仙波敏郎巡査部長による裏金の実名内部告発が起こり、一時期は愛媛新聞の紙面がそのニュースで持ちきりだったことを覚えています。

 

「警察が不正に手を染めて、どんなつもりで日々仕事してるのか!」

「もし交通違反で咎められたら言い返してやろうか!」

 

などと、意地の悪いことを考えていた記憶があります(反省)。当時の僕は20代前半のサラリーマンで、新聞を読みながら勝手に義憤に駆られておりました。

 

 

 

本書を読み進めると、いかに警察が組織的に裏金を作っていたのかというのがよく分かります。裏金作りに関与していなかった警察官は日本中にほぼいないのではないかとすら思わされます。(もちろん、手を染めなかった一部の芯ある警察官もおられると思います。)

 

警察の裏金作りは半世紀以上前には既に行われていたという、始まりの分からない歴史レベルの話のようです。新人警官にとっては自分が産まれる前から行われていた組織の慣例です。いくらそれがやってはいけないことだと分かっていても、それを拒む手段は現実的になかったんだろうと想像できます。

 

「正義の番人である警察がそのような不正を行うとはけしからん!」っていうのは、言うまでもない話なんですが、しかし、自分が同じ立場だったらと考えると、そう単純な話ではないだろうなと思わされます。もし自分が、鉄のピラミッド組織の最下層にいる一介の警察官だったとして、「連綿と続いてき組織の慣習」であり「先輩の誰もが通ってきた道」を、上司から命令されて拒むことが出来るものでしょうか?

 

警察は言わずと知れた究極の階級社会、部活の上下関係どころではないでしょう。「上からの命令」に逆らうことなんて到底出来ない訳です。一般企業と比べても、組織の意思に逆らうことは遙かに難しいことでしょう。裏金作りを拒んだら、閑職に追いやられたり不利益を被ったりということも起こっていたようです。しかも権力も有しています。

 

外から批判するのは簡単ですが、自分事として考えてみれば、良心を貫くことは果てしなく難しいことだろうと想像できます。子供たちが想像するような理想的な警察官像に近い心の持ち主ほど、思い悩んだのではないかと想像できます。良心の呵責に耐えられず辞めた名もなき警察官も、たぶんいることでしょう。

 

実際、「警察の不正」というパンドラの箱を開けた原田さんの元には、警察OBや関係者からと思われる批判の投書や嫌がらせ、圧力などが数々降り掛かったそうです。また、部下や同僚といった職場で築いた人間関係もその多くを失ったとのこと。勿論それは想定内のことであり、覚悟の上であったようですが、それだけの風当たりとや不利益を覚悟しなければ成し得ることではない行動なわけです。現職で告発した警察官は左遷されたり、免職されたりもしたようです。市川弁護士も、警察を相手にするに当たって友人知人から、身辺の安全に気を付けたほうが良いと忠告されたということですから、ただならぬ決意と覚悟が必要だということです。

 

 

長年にわたって多くの警察官が関与した警察組織内部の裏金問題は、「組織のルールや権威の下では、個人の良心は閉ざされ命令に従ってしまう」という、社会心理学で有名な『アイヒマン実験』を地で行くような話だと思います。そして、これは何も警察の裏金問題だけの話ではなく、広く日本の企業や組織を蝕んでいる慢性病なのだろうなと思われます。

 

昨今、続々と噴出している日本企業の数値改ざんや偽装問題、贈収賄や談合などの不正は、個々の職員が自分の利益のために行ったというよりは、『組織』を守るためであったり業務命令でやらされたものが大半でしょう。当事者である個々の職員は、それが倫理的にいけないことである認識としていたとしても、『組織のため』にはやらざるを得ないのです。

 

組織は個人のためにあるのか?

個人は組織のためにあるのか?

 

本末転倒になることがないように、願うばかりです。

 

また、組織にとっての最大利益は、社会にとっての最大利益とはなりません。組織の一員である以前に、社会の一員であるということを、忘れないようにしなくてはいけません。

 

すぐに社会が変わることはないかも知れませんが、組織のために犠牲になる個人が少なくなる社会が良いなと僕は思います。仕事とは、良心に従って行うものでありたいと、節に願うばかりです。

 

最後に。

 

告発を行った原田氏の元には、現職やOBを含め多くの警察官から、賛同や情報提供や感謝の言葉が沢山寄せられたそうです。「よくやってくれた!」と、長年の心のつかえが取れた方も多かったに違いありません。一個人として良心を持つ方々は社会の中に沢山いるのです。

 

原田氏のこの本を読み、また市川弁護士の背中を間近に見ながら、良心に従い勇気を持って行動できる人でありたいなと思う店主でありました。


読書ファイル002「夏の庭」湯本香樹美 著

投稿日: コメントするカテゴリー: その他


 

8月の終わり、福田百貨店の中庭に立った。

 

雑草が伸び放題になっているこの夏の庭は、僕の心の何を映しているのだろうか。

そして、ぽっかりと予定の空いた一日は、僕に何を促しているのだろうか。

 

「何もかもみんな忘れてしまったように、ただそこに草があるから抜く。」

 

それは瞑想にも似た無の時間。ただ草を引くという単純作業は、目の前の〈今〉だけを見つめさせてくれる。

そしてふと、午前中に読んだ本の一節が頭に浮かぶ。

 

「死んだら、どうなるんだろう」

「それでおしまいなのかな……それとも」

 

 

『夏の庭』との再会

今日9月3日は、夏休みの終わりを告げる始業式の日。そう、つまり夏休みの宿題を提出する日だ。僕は今年、夏休みの宿題としてある本を読むと決めていた。それが、ふと立ち寄った書店で目に入った小説『夏の庭』だ。中学生の僕の心に小さな傷をつけた本との、二十数年ぶりの再開だった。

 

 

あらすじ

物語は、人の死に興味を持った少年たちが、実際に人の死を見てみたい衝動に駆られ、今にも死にそうな独居のおじいさんを見張って毎日観察することから始まる。そのうちに、おじいさんと少年たちの間に交流が生まれ、お互いに生きる上で失っていた大切な何かを獲得していく。しかし……。

 

心がほっこりして少し寂しくなるような、そんな小説だ。

 

大人になって分かったこと

いま改めて読んでみると、少年たちの気持ちだけではなく、おじいさんや親の気持ちにまで心を馳せられるようなっていて、ちょっと新鮮だった。多少なりとも大人になったという成長の証だろうか。いや、そんな大層なものではなく、僕も歳をとったというただそれだけのことだろう。中学生の僕には、大人の気持ちまでは分からなかっただけだ。

 

それに、大人になった今もまだ分からないことはたくさんある。草を引きながら頭に浮かんだ小学校6年生の主人公の言葉。「死んだら、どうなるんだろう?」というその素朴な疑問に対して、大人になった僕が持っている答えは、「死んでみるまで分からない」という何の変哲もない答えでしかない。小学生6年生が持っているだろう答えと大差はなく、子供の頃の僕が聞いてもガッカリするだろう。

 

「死んでもいい、と思えるほどの何かを、いつかぼくはできるのだろうか。たとえやりとげることはできなくても、そんな何かを見つけたいとぼくは思った。そうでなくちゃ、なんのために生きているんだ。」

 

大人になった僕もまた、少年が抱くのと同じ疑問を抱き続けている。大人になって分かったことは、「人生で本当に知りたい謎は、大人になってもその多くが分からないままだ」ということだ。

 

連合読書会と読書感想文

なぜ『夏の庭』が僕の心に消えることなく残っているのか、その理由は2つある。1つはこの本を最初に読むことになったそのきっかけだ。

 

連合読書会の課題図書『夏の庭』

中学生の頃の僕は、本とは全く無縁だった。にもかかわらず、なぜか市立中学校合同の《連合読書会》という読書家しか集まらないであろう行事に、学校の代表として選ばれた。もし僕を代表に選んだ先生に会うことがあったなら、再会の挨拶の次にその理由を聞いてみたいぐらいに、僕にとってはいまだに大きな謎である。

 

その時の課題図書が、この『夏の庭』だった。

 

今でこそ自主的に書評を書いてしまうほど本好きになった僕だけれど、当時の僕は今と違って本などという面倒臭いものは全く読まなかった。多くの子どもたちがそうであったように、本をまともに読むのは年に1度、半強制的に読まされる夏休みの宿題「読書感想文」の時だけだった。「子どもの頃に読んだ本は?」と聞かれたら、頭に浮かぶ本はただ1冊、この『夏の庭』だけである。それぐらい本とは縁がなかった。あの当時は、親友とサッカーボールを蹴るか、スーファミで遊ぶばかりが人生だった。

 

そんな具合に、本の「ほ」の字もない人間が学校の代表として選ばれたのだから、当の本人にとっては謎でしかない。僕の心を納得させている合理的な推測は、「夏休みに塾も行かず暇そうで、学校の代表で表に出しても問題を起こさない真面目な生徒は…」という消去法により「あ、黒田君か」という理由で選定されたのではないかと踏んでいる。読書には全く自信はなかったけれど、真面目さだけは自他共に認める黒田君の代名詞で自信があった。そんな訳で、僕の人生で解き明かすことの出来ない(他人にとってはどうでも良い)謎とともに、『夏の庭』は僕の心に残る本となった。

 

そういえば、昔から家には親父の本がたくさんあったから、本自体は身近な存在だったのだろう。ただし、僕をはじめ家族の誰一人として親父の本に興味を持つことはなく、本はただ狭い団地の狭い部屋を占領する邪魔者でしかなかった。だから部屋を模様替えするときには決まって「邪魔だから親父の本捨てちゃおうよ!」と姉貴と言っていたものだ。

 

人生に本を加えた『夏の庭』

いくら普段は本を読まないと言っても、この時ばかりは本を読み込んだ。学校の代表として連合読書会に参加しなくてはいけないのだから、真面目な僕としては当然である。しかし、この時全く想定外なことが起こった。

 

人生で初めて『本』に感動させられたのだ。

 

読み終わった後は、心にぽっかりと大きな穴が空き、寂しさと戸惑いと興奮が相まった不思議な感覚に襲われた。その入り交じった複雑な気持ちをどう処理して良いか分からず、しばらく時が止まったような感覚だった。それまで本を読んでもそんな感情が芽生えたことはなく、不意に受けたその衝撃にただ戸惑うだけだった。

 

僕の人生に『本』が加わったのは、きっとこの夏。

この『夏の庭』だ。

 

しかし幸いなことに、その昂(たか)ぶって処理の仕方がわからない感情を身体の外に出すための機会が、その時の僕には用意されていた。そう、なぜ選ばれたか分からない連合読書会である。

 

連合読書会の記憶

連合読書会で集まった各校の代表は、みんなとても優秀に見えた。普段は本を全く読まないという顔つきの人はいなかった(たぶん一方的な思い込みなのだけど)。普段の僕なら、アウェー感満載のその場所で萎縮してもおかしくなかった。けれどあのときの僕は、本を読んで心動かされたという人生初の高揚感により、その場所にいることを自分で認められていた。何より、あの本を読んだみんなが、どのように感じたのかを話し合ってみたい気持ちでいっぱいだった。

 

だが、僕の『夏の庭』を取り巻くエピソードの中で、おそらく最も肝心な要点となるはずの連合読書会。その場でどのような話し合いがなされたのかを、残念ながら全く覚えていない。記憶にあるのは、机を四角く囲んで話し合った教室の光景と、とても満足して帰ったことだけだ。僕の人生はいつもこの調子なのだ。大切な記憶は日に干した洗濯物の色のように薄らいで行く。数年前までは覚えていた記憶も、気が付いたときには薄くなり、知らぬ間に消え去っている。そんなことがたくさんある。

 

読書感想文と小さな傷

その夏の読書感想文は、もちろん『夏の庭』を書いた。小学生の頃から、原稿用紙を文字で埋めるだけの無難な読書感想文を書いていたけれど、この年になってはじめて、本で心が動かされた自分の気持ちを素直に書き落とした。

 

そんな僕の充実感が投入された読書感想文だったのだが、一つ事件が起こる。それは、読書感想文を提出して数日後、僕を連合読書会の代表に選んでくれた先生とは別の国語科の先生から浴びせられたひと言である。

 

「黒田君は連合読書会に参加したのに、読書感想文はあの程度なんやね」

 

それは、自分自身の感触とは真逆の評価であった。人生で初めて本に感動し高揚感を得た体験そのものも否定されたようで、その言葉はグルグルと頭の中を回り続けた。『夏の庭』が僕の胸にぽっかりと空けた大きな穴まで、粗雑に埋め戻されるようだった。

 

その時の理解されなかった寂しさ、悔しさ、悲しさ、そして期待に応えられなかったという申し訳なさや情けなさ、そんな無数の感情が引っ掻いた小さな傷たちが僕の中には未だ残っている。

 

僕がこの夏、『夏の庭』という本を二十数年ぶりに手に取ったもう一つの大きな理由は、心に残ったその小さな傷なのだ。

 

数学部の思い出

話は少し逸れるけれど、僕の中学3年間の部活は数学部だった。数式の美しさや数字をひたすら究明する部活…ではなくて、名前だけが数学部なだけで、実態はパソコン部だった。

 

親父の影響力

なぜその部活に入ったかというと、小学生の時に「これからはパソコンの時代だ」と言っていた親父が一言が頭の片隅にあって、中学で部活を選ぶときその言葉に影響を受けて数学部を選んだのだ。ちなみにその頃、僕が親父に持っていた印象は“すぐ怒る面倒くさい人”であり、好きか嫌いかといえば割と嫌いのカテゴリに入っていた。ただ、これは自分でも不思議なのだけど、圧倒的にお母さん子であったはずの僕が、高校を選ぶとき、田舎暮らしをするとき、何かにつけて人生の岐路で進路を決めるときには、親父の何気ない言動が効いているから面白いものである。いま僕の人生に本があるのも、きっと団地の狭い部屋を占拠し続けて邪魔者扱いされていた親父の本のおかげなのだろう。

 

さて、これからの時代の最先端の人になるべく期待を込めて入った数学部だったが、なぜか誰もパソコンを教えてくれる人はおらず、大いに期待ハズレだった。顧問は滅多に顔を出すこともなく、先輩は居たのか居なかったのかすら覚えていないほどに記憶の欠片もない。ただし、放課後にパソコンルームという校内で唯一エアコンが効いた超VIPルームで、自由にパソコンを使ってお絵描きやゲーム三昧に浸れる中学生にとって“この世の楽園”のような部活ではあった。ただそれが部活といえるのかといえば、当時すでに「NO」だとは思っていた。

 

そんな数学部だったので、案の定大した技術を身に付けることは出来なかった。僕の中にわずかに残ったのは、パソコンルームの独特の匂いと、数学部であったという謎の自負心と、頻繁にフリーズした富士通FM-TOWNSのダークグレーのマシンの再起動の方法くらいだ。ただ多くの中学生がおっかなビックリ触っていたパソコンへの苦手意識は取り去ってくれたし、高校で3D-CADを習得する際にパソコン慣れしていたことは大いに役に立った。それが大人になった今も3D-CADで建築パースの仕事を受ける道を作ってくれたのだから、“親父の一言”も“この世の楽園”も捨てたものではなかったと思うのである。

 

健全で不真面目な部活動

あまりにフリーダムな部活だった。ある日、ジャンケンをして負けた人が指令に従うという部活動(?)を後輩の女子数人とやっていた。いわゆる王様ゲームである。もはや数学もパソコンも関係ない不真面目な部活動だ。ただ指令といっても、シッペやモノマネという程度の健全な王様ゲームだったのは、地味な数学部が故だろう。しかし、その日の最後に一人負けした僕に課された指令は「壁に貼ってある女性のポスターにキスする」という思春期の少年にはやや屈辱的なものだった。先輩にも一切の配慮もない指令を出した後輩女子の名前も顔も忘れてしまったけれど、姉御肌の強気な女子だったことは覚えている。拒否したところで見逃してくれるタイプではない。観念した僕は、クルクル回る不安定なパソコンチェアにつま先立ちをして、天井近くの壁に貼ってあったポスターの女性にキスをした。素早くイスから降りた僕の顔は、真っ赤になっていて指を差して笑われたが、パソコンルームはその日一番の盛り上がりを見せた。実際はキスしたフリをして僅かに触れていない“エアキス”だったことをいま初めて白状するけれど、それでも顔が紅潮するぐらい当時の僕はシャイな男子中学生だった。

 

その健全で不真面目な部活動を共に楽しんだ後輩の女の子から、後に告白されることになる。ただし、手作りクッキーを焼いて家まで告白しに来てくれた後輩に対して、「興味がないから」といって玄関先で断った僕は、いま考えるとひどく無神経な奴だった。その子が帰った後、家の奥で聞き耳を立てていた母親に「あんた冷たい奴やなぁ…」としみじみ言われたが、「(オレにも別に好きな女子がおるんやから仕方ないやん)」としか感じていなかった。その時、その子はどれだけ傷ついていたことだろう。ただ、その時の態度を反省出来るようになるのは、高校時代に自分が同じ目にあってからのことだ。

 

突然の告白から数日後、その子と仲が良かった姉御肌の後輩に呼び出され、すごい剣幕で怒られた。僕はその時どんな受け答えをしたのだろうか?その後、僕は後輩たちとどう接していたのだろうか?今となっては何も思い出せない。

 

この数学部時代の小っ恥ずかしい話を、なぜ唐突に挟んだのかは実のところ僕にも良く分からない。ただ頭に浮かんでしまって以降どこへも行ってくれず、もやもやと梅雨前線のように停滞し続けるこの思い出を、書いて排出するほかなかったのである。思うに、心に与えた傷は、与えた側の心にも無意識に残り続けるということを気づかせたかったのだろうか。もしくは、いずれ忘れてしまうであろうこの些細な記憶を、失ってしまう前に文字で残しておきたかったのかもしれない。

 

僕が見つけるのを待っている何か

書店には、夏休みフェアでたくさんの文庫本が並んでいた。その中に『夏の庭』をみつけた瞬間、目が離せなくなってしまった。

 

あの夏の、あの『夏の庭』

もはや無意識に手に取られたその小さな文庫本は、触れた指先から腕へ、そして頭から足先まで僕の身体の中をジワッと駆け巡り、身体から皮膚感覚を消していった。そうしてあのひと時、僕は中学生の僕に出会った。ずいぶん昔に忘れてしまっていた心の傷に、再び出会った。あの頃の感覚をまとった僕が、そこに立っていた。そして、僕はもう一度、あの『夏の庭』と向き合わなければいけないと強く思ったのだ。この偶然のような必然のような出会いと体験があって、『夏の庭』が二十数年振りに、再び僕の夏休みの宿題となった。

 

「この世界には隠れているもの、見えないものがいっぱいあるんだろう。虹のように、ほんのちょっとしたことで姿を現してくれるものもあれば、長くてつらい道のりの果てに、やっと出会えるものもあるに違いない。僕が見つけるのを待っている何かが、今もどこかにひっそりと隠れているのだろうか。」

 

そうなのだ。“僕が見つけるのを待っている何か”は、中学生の頃からずっと僕の中に隠れていて、この時を待っていたのだ。そして十数年ぶりに、書店で姿を現した。『夏の庭』という文庫本の形で。

 

そうして、大人になった僕がいま必要とする言葉と、出会わせてくれた。

 

忘れる記憶

僕にはひとつ、小さくも大きい悩みがある。それは「忘れてしまう」という性質だ。家族の大切な思い出も、忘れたくない大事な出来事も、お店のお客さんの顔や名前もなかなか覚えられずに忘れてしまう。別に病的なものとかではなく、比較的忘れっぽい部類の人間というだけなのだが、本人には大きな悩みなのである。たぶんその原因は2つで、他人への関心が薄いのと、物を考えすぎる性格が故にその場の出来事に集中していない…ということだと自己分析している。

 

以前こんなことがあった。結婚前に嫁さんが僕にくれたプレゼントの紙袋を大事にとっていたのだけれど、引っ越しの際に邪魔になるとの理由で、その紙袋を捨てるように言われて揉めたことがある。僕としては、プレゼントを貰った時の大切な思い出を忘れたくなかったので、記憶を紙袋に託して保管していた。その紙袋を見れば、普段忘れていた記憶も思い出すことが出来た。僕にとっては、ただ紙袋を捨てるということ以上に、その思い出もろとも捨てるように迫られたようで辛かった。今ほどまだ相手のことをお互いに理解出来ていない頃だったので、嫁さんにはなかなかその気持ちを理解して貰えず困ってしまった。自分でも思いもよらなかったけれど、悲しくてポロポロ泣いた。頭で記憶しておくことが苦手な僕にとって、エピソードが詰まった物や場所は、物理的な記録媒体であり、メモリーカードなのだ。それを失うということは、記憶を失うのと同じだった。

 

ただの書評のはずが、こんなにもプライべートをさらけ出した赤裸々なエッセイになってしまったのは、そんな僕が心から求める一文を『夏の庭』にみつけてしまったからだ。

 

ぼくは書いておきたいんだ

物語の最後、「おまえ、大人になったらなんになる」と父に尋ねられた主人公の少年が、「何かを書きたい」と答えて、その理由を語る場面。

 

「ぼくは書いておきたいんだ。忘れたくないことを書きとめて、ほかの人にもわけてあげられたらいいと思う」

「いろんなことをさ、忘れちゃいたくないんだ」

 

きっと、多くの人にとっては大したことのないただのセリフかもしれない。しかし、僕にとっては違う。この一節、この一文と出会うために二十数年ぶりに『夏の庭』を手に取ったのだと確信している。

 

記憶は、忘れる。

大切な思い出は、消える。

だからこそ、書き留めておきたいのだ。

僕にはいま、〈書く〉という行為が必要なのだ。

大切なことを忘れないために、そして、自分と出会うために。

 

心に書き留めたメモ

中学生の僕の心を引っ掻いた小さな傷は、拭うべきトラウマだと長らく思っていた。でもそうではなかったのかもしれない。未来の自分に宛てて心に書き留めておいたメモだったのかもしれない。今はそう思える。

 

〈夏〉と〈本〉と〈死〉

『夏の庭』のあと、また本とは縁のない生活に戻った。読書感想文の挫折で、本への興味が急激にしぼんだせいもあったと思う。漫画や雑誌を抜きにして、初めて自分で本と呼べるもの買う日が来るのは、高校生3年生の夏まで待たなくてはいけなかった。

 

夏休みに隣の駅の紀伊國屋で目に入って購入したその本は、「墜落遺体」という日航123便墜落事故を扱った本だった。遺体の身元確認班を指揮した警察官が書かれたノンフィクションは、のほほんと育った高校生には衝撃的すぎる死と遺体の描写に溢れていた。いまになって客観的に考えると、それまで全く本など読まなかった息子が、唐突に「墜落遺体」などというインパクトの強い本を買ってきたのだから、両親はさぞ不思議(を通り越して心配)に思ったに違いない。

 

 

この本も、僕の人生に大きな影響を与えてくれた。それは、小学校の図書館にあったような子供を怖がらせる怪談本とは違い、娯楽として底知れぬ恐怖心を煽るホラー映画とも違い、実際起こった紛れもない現実、500名を超える死とそれに立ち会った人々の記録であったことが、何よりも当時の僕には生々しくて恐ろしかった。穏やかな湾を出て、初めて外海に出たような感覚で、僕はこの時も心の中で立ちすくんでいた。死について、生について、人生について、一皮むけたように真剣に考えるようになったのは、その本がきっかけだった。

 

僕にとって〈夏〉と〈本〉と〈死〉は、人生を導く何かの意味を持っているように思えてならない。

 

終わりに

今回の記事は書評というよりほぼエッセイだ。僕のことを知らない人にとっては「ただの自分語り」にしか見えなかっただろうし、僕のことを知っている人ならば「黒田くんの知られざる過去の秘話」として楽しんで貰えたかもしれない。

 

当の本人にとっては、長らく忘れていたタイムカプセルの中から出て来た昔の思い出話を、再び忘れてしまわないように書き残した記録だ。“中学生の僕”と“今の僕”をつなぐ、時を隔てた日記のようなものとして書いた。これが何かにつながるかはわからないど、きっとまた次の何かにつながって行くのだろうと期待したい。

 

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「もしかすると、歳をとるのは楽しいことなのかもしれない。歳をとればとるほど、思い出は増えるのだから。そしていつかその持ち主があとかたもなく消えてしまっても、思い出は空気の中を漂い、雨に溶け、土に染みこんで、生き続けるとしたら……いろんなところを漂いながら、また別のだれかの心に、ちょっとしのびこんでみるかもしれない。時々、初めての場所なのに、なぜか来たことがあると感じたりするのは、遠い昔のだれかの思い出のいたずらなのだ。」

 


読書ファイル001「好奇心を“天職”に変える空想教室」植松努 著

投稿日: コメントするカテゴリー: 本のコト


 

「人に勧めたい本は?」と聞かれたら


いま僕が選ぶのはこの本、「好奇心を“天職”に変える空想教室」

著者は、小さな町工場から自家製ロケットを作り、宇宙開発事業を手がけるまでに至った植松努さん。

『好奇心を“天職”に変える空想教室』

 

植松さん自体は有名な方なので、きっとご存じの方も多いと思いご本人の紹介はバッサリ端折っちゃいます(^_^)(興味ある人はググッてね)。

 

ただ300万再生されてるTEDの講演動画を見たことのないという方は、ぜひ一度見てみて!(見てみて!)特に中高生の学生さん…いや、生き方に悩む大人にもオススメしたい!

 

とても聞きやすくて植松さんの人柄も感じ取れる良い講演だし、本書の内容も半分くらいカバーしている動画なので、約20分だから人生で一度は見ておいて損はない↓↓↓

 

さて、僕がなぜこの本をオススメしたいかというと、まずは、植松さんが実に平易な文言で綴ってくれているため、ふだん本を読まない人や、難しい言葉が苦手な人でも読みやすい本だから。そう、間違っても『平易な文言で綴る』などという小難しい言い回しをしない、親切丁寧な本なのである。

 

そして何より、これからの時代を生きる人にとって、植松さんのような考え方を人生のベースに持っておくことは、もはや必須だと思うからだ。

 

植松さんは実行の人だ。しかも、誰もやったことのない世界に足を踏み出して、失敗を重ねながら経験値を積み上げている。実体験から出た言葉ほど重みのある言葉はないし、下手な自己啓発本よりもよっぽど当を得た言葉が並んでいる。

 

例えば、自分がやったことがないことをやりたい時、誰に相談すれば良いだろうか?そんな疑問に明確な答えを示してくれている。

 

自分がやりたいことを「やったことがない人」に相談すると、“できない理由”を教えられます。これは相談する相手を間違えてるだけです。「やったことがない人」の意見は参考にしなくてもいい。親ですらもです。

 

【やりたいことは「やったことがある人」と仲良くなれば、あっさりと実現に近づくことができます。やりたいことがあれば、「やったことがある人」を探すのが一番の近道です。

 

いやはや、未知の世界にたくさん飛び込んできた経験者だけに、言葉に真実味がありますな(@_@)ただ、こうやって一文だけを抽出して読むと、とりわけ特別なことを言っているようには見えないし、「そんなの知ってるよ」「そんなの分かってるよ」…という気になるかもしれないけど、実際に本で前後のエピソードなんかも踏まえて読んで貰えば、その経験からくる言葉の重みが胸に響くと思う。

 

もう一つくらい紹介すると、自ら経験することの大切さについてはこんな感じで述べている↓↓↓

 

【能力というものは、失敗するか成功するかの「経験」によって身につきます。「楽をする」ということは、つまり「その経験を避ける」ということです。だからずっと楽をしていたら、自動的に無能になって、誰からも見向きもされなくなります。

 

人生の価値は、人生の時間を使って得た自分自身の経験で決まります。

 

植松さんの『やったことがないことに取り組む』という生き方こそが、これからの時代大いに参考になると思う。いや、それどころか、もうこの考え方は必須といっても過言じゃないと思うのだ。なぜかって?

 

将来に対する危機感


この本が初っ端から僕の心を捉えたのは、一番最初にあの人口推移のグラフが載っていたからだ。そう、よく見るアレ…「これから人口メッチャ減るでー(・д・)/」のグラフだ。

 

国土交通省HPより

この将来予測に対する危機感を、僕はここ数年ずっと抱いている(以下、お堅い文章でゴメンあそばせ)。

 

ちょっと真面目な話をすると、戦後日本は人口も経済も『右肩上がり』で成長することを前提とした仕組みを作ってきた(例えば年金や健康保険、インフラや教育や就職も)。その仕組みが通用しなくなる社会がもう既に始まっていて、少なくとも今後100年ぐらいは避けようがない。

 

僕や子供たちが生きている間は、基本的に『全てが縮小・衰退して行く社会』だ。これからの日本は『いかに上手に縮小するか』という困難なミッションを乗り越えなくてはいけない。今の時代に生まれた僕らはハズレ世代だと腹をくくって立ち向かうしかないようだ。基本的には、“負け戦で撤退する敗軍の退却作戦”に通じるような、マイナスのベクトルへの対応の連続なのだ。

 

だがしかし、果たしてそのような対応が出来ているだろうか?既に不要となった”イケイケどんどんの攻めの作戦”を引っ込めることは出来ず、場当たり的に修正して延命を図っているだけではないだろうか?そうなのだ、都合の悪いことに目を瞑り、先送りにして、将来世代に負債を押しつけているのである。

 

既に人口減少社会は始まっている。これまでとは180度真逆の世界…はちょっと言い過ぎだとしても、120度くらいは違う世界に、僕たちはもう片足を突っ込んでいる。そう、今までの常識なんて、何の当てにもならないのだ。

 

はじめての時代を僕たちは生きている


僕のそのような危機感に対して植松さんはこう語る。

 

上の世代がいうところの「若い頃は」「昔は」「普通は」という常識は一切通用しないでしょう。まったく新しい、はじめての時代を僕たちは生きているのですと。

 

そして、これから先の困難を打開するためには、一人ひとりの能力の向上が不可欠であり、【能力の向上のためには、夢が必要】と断言している。植松さんの思考の底流には、この《夢》という言葉がある。

 

植松さんは、【「自分にできそうなことの中から選んだもの」が夢なのでしょうか。】と疑問を投げかける。そして、《夢》について考え抜いた末に、【夢とは、「今できないことを、追いかけること」】という確信に至っている。

 

そういわれてみると、比較的自由な生き方をしていると思っていた僕でさえも、いつの間にか“現実的に達成できそうなこと”しか、夢の範疇に入れていなかった気がする。《夢》という言葉自体の中に、本来の夢が含まれていないパラドックス…。ムムム、大人になるということが、夢や世界の広さを狭めることであっては情けないなぁ。

 

ところで、植松さんのように《夢》を大上段に掲げて語る大人は珍しい。なぜなら夢を語るよりも、「そんな夢みたいなことをいつまで言ってるの?」と批判している方が、より大人であるかのように見えるからだ。夢を否定することは、手軽に大人へ上るための階段…いや、エスカレーターと言ってもいいかもしれない。

 

たぶん、これまでの時代はそれでも良かったのだろう。いやむしろ、そうでなければ生き難い社会であったのだろう。急速に成長拡大を続ける時代において、社会や企業が求めたのは、“均質な部品”や“命令に従うロボット”としての労働者であったのだ。むしろ自由や個性、夢などを個々人が持つことは、社会にとっても個人にとっても邪魔であったのだ。

 

しかし、時代は変わった。


これまで邪魔だった《夢》こそが、僕たちの未来を切り開いてくれる時代が来た。

この困難な状況になってようやく、自分の心が望む人生の選択肢を選べる時代になったのだ。

さっきハズレ世代と言ったけれど、実は一周回ってアタリ世代なのだ。

きっとそうなのだ。

 

植松さんの言葉を少し借りたい。

 

【素晴らしい可能性を持ったみなさんですが、いつか、誰かから“あきらめ方”を教わっています。(中略)それは「おとなしくて」「聞き分けが良くて」「都合のいい」人間を作るためです

ところが今では、受験を合格できた「素直で真面目」な人たちはロボットに軽く負けてしまうので、昔ほど求められていない。

 

そう、時代は変わったのだ。

これまで求められていた「素直で真面目なロボットのような人材」は、もはや時代遅れになりつつあるのだ。このことを既に肌感覚で感じている人も多いだろう。では、これからの先の困難な時代に生きる子どもたちは、果たしてどのような人に育てば良いのだろうか?

 

目指すは「一緒に仕事したい」と思われるような人物


その疑問に対して、植松さんがズバリ鋭い見解を示されていた。

 

社会で生きていく上で大切なことはたった一つ、一緒に仕事したい」と思われるような人物になれるかどうか。

【親が「一緒に仕事をしてみたい」と思えるような子なら、その子はきっとみんなから「必要だよ」といわれる】

 

どうだろう?

 

これは別に、みんなと上手くやれるコミュ力が大事だぜウェ~イ(・∀・)…という話ではない。もっと総合的に見て…というか感覚的なものとしてシンプルに、「一緒に仕事をしたい」と思われる人間になることが大事だということだろう。

 

そのためには、個性と、それを確立するための経験が必要なのだ。

 

個性は、自分の経験です。そして個性があると、まわりから「必要だよ」といわれるようになります。

自分で考えて、自分でためすんです。そうしたら「必要だよ」といわれるようになります。

 

と、植松さんは述べるのである。

 

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まとめ


これからの時代を生きる子どもたち(さらには大人たち)に求められる生き方が、少し見えてきたのではないだろか?

 

『夢を抱き、自らそれを実現するためにやりたいことをやってみて、その経験の積み重ねから個性を確立する生き方』だと僕は思う。また、子どもたちがそのように育つことが出来る環境を整えることが、親や社会の役割なのだと思う。

 

これからの時代を生きていく上で、参考になる言葉が詰まったとても良い本だと思っている。ここに紹介した文章は、僕の関心があるテーマに焦点を絞ってまとめたので、ちょっとお堅い本に見えちゃったかもしれないけれど、実際の本を読んで貰ったらもっと読みやすい印象をもって貰えると思うので、興味を持った方はぜひ読んでみて貰いたい。

 

最後に、僕が個人的にヒットした言葉を、備忘録的にいくつか紹介して終わりにしたい。

 

他人の顔色をうかがいながら、波風を立てないよう「自分の居場所」にとどまれば、いつかこの世に自分の生きる場所がなくなります。】

「ちゃんとしているふり」をしていると、ろくなことにならない

【もしなにか迷っちゃったときには、「自分は楽を選んでいないかどうか」だけを気をつければいい。】

「お金は、“自分の知恵と経験”のために使ったら、貯まり続ける」(植松さんのばあちゃんの言葉)】

 

以上、おしまい。

 


岩瀬敬吾×KEEWOライブ

投稿日: コメントするカテゴリー: イベントのコト


2018年7月15日に開催した「岩瀬敬吾×KEEWOライブ」のことを、

ちょっと間が開いちゃったけど、大切な出来事なのでブログに記しておこうと思う。

 

なぜ今更かというと、実はライブの前日の準備中に、長年愛用していたパソコンが突然妙な音を立てて電源が落ち、2度と立ち上がらないという悲しい出来事が起こって、長らくカメラのデータが抜けなかったからだ(T_T)

 

最近ようやく新しいパソコンで作業する環境が整って来たので、今になって書いている次第である。なお、ライブ当日のドリンクメニューが手書きだったのは、その悲しい出来事ゆえ。

 

さて、2016年からのご縁で、今回4回目となった岩瀬さんとKEEWOさんのライブ。回を重ねるごとに少しずつ違った“何か”があって、実は主催する僕たちが誰よりも楽しみにしている。

《ポスター_表》

《ポスター_裏》

 

初めてから、3回目まで


初回は、ドキドキした。

なにせあの「19」の岩瀬敬吾さんが来るのだから!地元のアマチュアライブしかしたことのない福田百貨店で、いきなりビックネームのライブを開催する想像の斜め上の事態(@_@;) 

さらに、一緒に来るという謎の金髪の兄ちゃん!古民家に合うのか?ロックでパンクなキャラだったらどうしようか!?…などなど様々な不安が沸き起こる(KEEWOさんゴメンナサイ(笑))。

《第1回目のライブの様子_001》

 

結果的に初回のライブは大成功で、不安の多くは杞憂に過ぎなかった。ライブ後の打ち上げや、朝ご飯を一緒に食べたりする中で、お二人の考え方や人柄が伝わってきて、生き方の部分で共感出来るところが多々あることに気が付いた。逆にお二人も、福田百貨店や御槇の自然が醸す「何か」を感じ取って貰えたのではないかと、僕は(勝手に)思っている。

 

この時、ただの“イベント主催者”と“ミュージシャン”…という以上の何かが芽生えたことが、今に繋がっているのだと思うし、もし福田百貨店で開催される様々なライブに“他にない魅力”があるとすれば、それを生み出してくれたのは岩瀬さんとKEEWOさんだと思っている。(余談だけど、”人を見た目で判断してはいけない”と改めて思わせてくれたのも、きっとKEEWOさんである(笑))

《第1回目のライブの様子_002》

 

2回目は、岩瀬さんがノロッストリオのメンバーを連れて来てくれた。音楽素人のライブ会場主(僕)に、「ギター1本の弾き語りも良いけどバンドサウンドは厚みがあって良いな~(*^_^*)」と、初歩的なことを気付かせてくれたのは、ノロッストリオのこのライブだった。『象になった君の夢』というアルバムの世界観も、存分に味わうことが出来た。

《第2回目のライブの様子》

 

3回目ともなると、いくつかのチャレンジや工夫を試してみる余裕が出て来た。例えば、お二人にリラックスして歌って貰おうと、ライブ前に温熱療法の施術サービスを用意してみた。(…もっとも、「じゃあパンツ一丁になって寝て下さい」といきなり想定外の状況に置かれた二人は、たじろいだらしい(笑))

 

さらに、オープニングアクトを高校生シンガーの夢華さんに託した。これは、その時に必然としか言いようのない流れがあって、その流れと直感に従った。本人にとっては、“人生2度目のステージが岩瀬さんたちプロミュージシャンの前座”となり、かなりハードルの高い挑戦だったことは想像に難くない。良く引き受けてくれたと思うし、このキャスティングでOKを出してくれた岩瀬さんたちの懐の広さもありがたかった。

《第3回目のライブの様子》

 

そしてこの度、4回目


今回、フロントアクトの1組目を務めて貰ったのは、D.N.Aの3人。もともと別々のグループだけど、この日はトリオを組んでのパフォーマンス。3人で息の合った演奏をして貰う…予定だった。ところが、7月上旬に起こった西日本豪雨の影響で、練習場が停電するなどして準備が出来なくなったので、急遽それぞれのバンドの曲を歌って貰うことになった。3人での演奏も聞いてみたかったけれど、状況を考えれば出演して貰えただけでも御の字である。

《D.N.A_001》

 

ちなみに今回、D.N.Aの方々が音響機材一式を引き受けてくれたおかげでライブが実現出来た。今回のライブの影の功労者であり、そういう目に見えない裏方の協力があって、このようなイベントは行われている。感謝感謝である。

《D.N.A_002》

 

余談だけど、彼らは西予市宇和町の音楽イベント『音の収穫祭』の実行メンバーでもある。「音楽で地元を盛り上げたい」「地元に音楽を根付かせたい」という想いを、ゼロから立ち上げて形作っているので、僕も微力ながら応援したいと思っている。『音の収穫祭』は、ただの音楽ライブという以上に、地域に何かを築こうとする心意気を感じるので、僕も欠かさず足を運んでいる。よろしければ皆さまもぜひ。

 

本格的KEEWOサウンド


続いて、メインアクト1組目のKEEWOさん。

サポートメンバーは、パーカッションの合田正和さんと、キーボードのwakaさん。初めてバンドメンバーを帯同してのライブが実現。

 

「いつか関西のライブハウスに足を運んで聞くしかないかな~(・_・)」と思っていたKEEWOさんのバンド演奏を、四国の端っこの山の中で聴くことが出来たのは、贅沢この上ない体験だった。

《KEEWO_001》

 

KEEWOさんの音楽は、この辺りではまだまだ知られておらず、初めて触れるという方も多い。毎回ライブの後には、「初めて聴いたけどKEEWOさんの音楽が良かったです!」という感想を、何人かの方から頂くことが出来る(「ンフフ、そうでしょ~」と内心得意げになっているのはここだけの話)。

《KEEWO_002》

 

ライブの一度っきりではなく、「CDを買って何回も聴いてみて!」とオススメしたいのがKEEWOさんの音楽。CDの完成度は高く、ハマる人はハマること間違いなし!普段から聞き込んだ上でライブに足を運び、KEEWOさんの生歌を聴いて貰えば、いつの間にやらアラあなたもKEEWOファン☆ KEEWOさんの魅力の一つである“めっちゃエエ声”には、年に1回は生で聴きたくなる中毒性があることを、ここに申し添えておく次第。

 

せっかくなので、今回のライブのKEEWOさんの歌を、フルバージョンでお一つどうぞ(^^)/

気に入った方は、ぜひ次回のライブを聞きに来てネ!(次回はまだ未定だけど(笑))

 

一年越しのパフォーマンス


ついで、フロントアクト2組目の夢華さん。

前回のライブでオープニングアクトを務めて貰ったその流れで、今年もステージに立って貰った。

 

実は前回は、伴奏者がギリギリまで決まらなかったため、歌と伴奏が上手く噛み合わず、なかなか苦労のステージだった。人生でまだ2回目のステージ…しかもプロミュージシャンの前座というプレッシャーのかかる舞台で、思い通りに行かないパフォーマンスとなってしまったのは、苦い経験だったと思う。

 

だけど人生が面白いなぁと思うのは、「人間万事塞翁が馬」という出来事が実際に起こってしまうところだ。前回の苦い経緯があったからこそ、今年は強力な伴奏者を得て、とても魅力的なステージが実現した。一年を経て歌声は着実に成長し、ステージ上での歌いっぷりも立ち居振る舞いも、昨年よりもずいぶん余裕と力強さを感じさせられた。夢華さんのこの日のパフォーマンスは、あの場でしか味わうことの出来ない特別なものであり、まさに『ライブ』の良さを観衆に感じさせてくれる魅力的なものだった。

《夢華》

人がライブに足を運ぶ動機の一つに「あなたが生で唄う歌を聴きたい」という想いがある。そこには、歌い手の“実績”や“力量”だけではない“何か”がある。夢華さんの歌は、その“何か”を感じさせてくれるし、きっとそういう力を持ったアーティストなのだと思う。

 

大トリは岩瀬敬吾さん


最後に、本日のメインアクト2組目の岩瀬敬吾さん。

《岩瀬敬吾_001》

実は今回、ポスターを作る際に1つだけ前回までと変えた所があった。それは岩瀬さんの紹介文から「元19」というフレーズを抜いてみたことだ。たぶん気付かなかった人も多かっただろう小さな変化。

 

なぜそれをしたかと言うと、“元”という過去のイメージを携えてではなく、岩瀬敬吾というアーティストの「今」に期待を抱き、会場に足を運んで欲しいと思ったからだ。そういう想いを込めて、今回のポスターはデザインしたし、使用した写真に写る岩瀬さんの歌う姿には、それだけで人を惹き付ける魅力があると思った。今回かなり気合いを入れて制作したポスターでそれを試みたことは、僕の中での小さなチャレンジだった。

《岩瀬敬吾_002》

岩瀬さんの歌を生で毎年聴けることは、とてもありがたいことだ。やはり歌声も、ギターも、曲も、歌詞も、歌い手としての熱量も、毎度並々ならぬものを感じさせてくれる。「子供たちに本物の音楽に触れさせてあげたい。」という親としての気持ちは最初からあり、そういう観点で十分ありがたいのだけれど、それとは別に子供たちが「敬吾くんとKEEWOくんが今年も歌いに来てくれる~♪」という、二人の訪問自体を楽しみにしてくれている。それが我が家の年中行事の1つとなっていることを嬉しく思う。

 

そして子供たちと同じように、福田百貨店でのライブを毎年楽しみにしてくれているファンの方々も居て下さって、小さいながらもムーブメントが起こってると思う。きっと岩瀬さんとKEEWOさんのライブは、今の福田百貨店を構成するに欠かかせない1つの大事なエッセンスになっている。

《岩瀬敬吾_003》

 

ライブの後のお楽しみ


ライブ終了後、「みまきキャンドルナイト2018」の会場にみんなで足を運んでキャッキャ盛り上がったり、岩瀬さんの広島風お好み焼きが振る舞われてたり(いと美味し)、KEEWOさんとバンドメンバー待望の流れ星をみんなで子供みたいに眺めたり、充実した時間を共有できた。遠く都会から来て下さった出演者の皆さんに、田舎の自然を味わって貰えるのも、四国の山の中にある福田百貨店という会場の良さだと思っているし、こういう場所に魅力を感じて貰える方に、これからも来て貰いたいなと思う。

《みまきキャンドルナイト2018in山本牧場》

 

最後に…


思い返せばライブの一週間前に西日本豪雨が起こり、一時はライブの開催自体も危ぶまれた。先に挙げたD.N.Aの方々への影響以外にも、会場でピザやドリンクを販売してくれたRANAPAN BAKERYさんやLOKKi COFFEEさんも、近所で大きな土砂災害があり、ただならぬ状況だったそうだ。僕自身も被害の大きかった吉田町に復旧の手伝いに行かなくてはいけない中で、ライブの準備も完全にはやりきれなかったりもした。そんな状況だっただけになおさら、今回のライブを成り立たせてくれた皆さんには心からに感謝している。結果的に予定通り開催することが出来て、会場には満員近いお客さんが足を運んでくれて、本当に良かった。

《RANAPAN BAKERY》

 

今回ライブが開催できたこと…それはただ単純に「イベントが実行できて良かった」という話に留まらないと、僕は感じている。あの日のあの場の体験が、あの場にいた人たちのこれからに何かを起こし、何かにつながるという感触と充実感があったからだ。それはすぐに花開くものではないかもしれないし、具体的にこうと言えるものでもないけれど、まるで1本の糸を辿っていく過程のような、そんな目に見えない流れの存在を感じたのである。

 

「音楽」のライブなのだけど、音楽だけではない“何か”。

そんな“何か”の存在をぼんやりと感じつつ、次回のライブにも想いを馳せている店主であった。おしまい。


ブログはじめました

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福田百貨店のブログがスタートしました。

やはり、僕には書いて伝えることが大事だと思った次第。

ある人は云いました。

「情報は発信しないと集まらない」、と。

 

これからの生活を模索する店主による、

生き方を見つめ直す情報を、発信していきます。