読書ファイル003「警察内部告発者」原田宏二 著

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実名で警察の裏金問題を告発した元警察官:原田宏二氏の著書です。

北海道警裏金事件』の告発から1年後に出版された本で、告発の経緯やその後の顛末などが書かれています。

 

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さて、なぜ僕がこのようなお堅い本を手に取ったかというと、時間つぶしで寄った図書館でボ~~~と座っていたとき、椅子の横の本棚で偶然目に入ったのが本書を手に取ったきっかけです。しかし、借りて読もうと思ったのは、また別の理由があります。実はお世話になっている弁護士さんが、ガッツリこの事件に関わっていたためです。

 

原田氏が警察の不正を告発するに当たって、警察という絶対的な権力を持つ組織を相手に、一個人が反旗を翻すというのは相当なリスクがあることは想像に難くありません。それを法律の専門家として支えて代理人を務めたのが、札幌弁護士会の市川守弘弁護士です。

 

その市川弁護士ですが、環境法律家連盟副代表や、日本森林生態系保護ネットワーク事務局長を務められていて、法律だけでなく自然環境問題に関してもスペシャリストです。実は店主、以前から御槇の風力発電建設問題に絡んで、その市川弁護士に大変お世話になっております。何度も北海道から愛媛に来て頂いて、環境に関する講演や法律的な相談、はたまた行政調停の代理人を引き受けて頂いたりしています。

 

例えるならば、みなぎる正義感が服を着て歩いているような方で、身近で接していて感じるのは、知識も経験も覚悟も持ち合わせている本当に凄みのある方だなという印象です。『骨太の弁護士』と言う言葉がこれほど当てはまる方もそうはいないだろうと思っています。

 

そんな市川弁護士が過去に携わった歴史的な大事件がどんなものであったのか、見るからに凄いと思える人がどのような道を歩いてきたのか、その一片でも触れてみたいと思い読んでみました。

 

 

告発を行った元警察官の原田氏は、北海道警察で警察署長や方面本部長などを歴任した警察官。ノンキャリアの最高最高階級である警視長まで登りつめた役職者です。そんな上の地位にあった方の告発とあって、当時は大きなニュースになっていました。2004年の話です。

 

その当時、原田氏の告発に端を発し、全国各地の警察で告発が起こったことは、みなさんも記憶の片隅にあるのではないでしょうか。愛媛県でも現職警察官の仙波敏郎巡査部長による裏金の実名内部告発が起こり、一時期は愛媛新聞の紙面がそのニュースで持ちきりだったことを覚えています。

 

「警察が不正に手を染めて、どんなつもりで日々仕事してるのか!」

「もし交通違反で咎められたら言い返してやろうか!」

 

などと、意地の悪いことを考えていた記憶があります(反省)。当時の僕は20代前半のサラリーマンで、新聞を読みながら勝手に義憤に駆られておりました。

 

 

 

本書を読み進めると、いかに警察が組織的に裏金を作っていたのかというのがよく分かります。裏金作りに関与していなかった警察官は日本中にほぼいないのではないかとすら思わされます。(もちろん、手を染めなかった一部の芯ある警察官もおられると思います。)

 

警察の裏金作りは半世紀以上前には既に行われていたという、始まりの分からない歴史レベルの話のようです。新人警官にとっては自分が産まれる前から行われていた組織の慣例です。いくらそれがやってはいけないことだと分かっていても、それを拒む手段は現実的になかったんだろうと想像できます。

 

「正義の番人である警察がそのような不正を行うとはけしからん!」っていうのは、言うまでもない話なんですが、しかし、自分が同じ立場だったらと考えると、そう単純な話ではないだろうなと思わされます。もし自分が、鉄のピラミッド組織の最下層にいる一介の警察官だったとして、「連綿と続いてき組織の慣習」であり「先輩の誰もが通ってきた道」を、上司から命令されて拒むことが出来るものでしょうか?

 

警察は言わずと知れた究極の階級社会、部活の上下関係どころではないでしょう。「上からの命令」に逆らうことなんて到底出来ない訳です。一般企業と比べても、組織の意思に逆らうことは遙かに難しいことでしょう。裏金作りを拒んだら、閑職に追いやられたり不利益を被ったりということも起こっていたようです。しかも権力も有しています。

 

外から批判するのは簡単ですが、自分事として考えてみれば、良心を貫くことは果てしなく難しいことだろうと想像できます。子供たちが想像するような理想的な警察官像に近い心の持ち主ほど、思い悩んだのではないかと想像できます。良心の呵責に耐えられず辞めた名もなき警察官も、たぶんいることでしょう。

 

実際、「警察の不正」というパンドラの箱を開けた原田さんの元には、警察OBや関係者からと思われる批判の投書や嫌がらせ、圧力などが数々降り掛かったそうです。また、部下や同僚といった職場で築いた人間関係もその多くを失ったとのこと。勿論それは想定内のことであり、覚悟の上であったようですが、それだけの風当たりとや不利益を覚悟しなければ成し得ることではない行動なわけです。現職で告発した警察官は左遷されたり、免職されたりもしたようです。市川弁護士も、警察を相手にするに当たって友人知人から、身辺の安全に気を付けたほうが良いと忠告されたということですから、ただならぬ決意と覚悟が必要だということです。

 

 

長年にわたって多くの警察官が関与した警察組織内部の裏金問題は、「組織のルールや権威の下では、個人の良心は閉ざされ命令に従ってしまう」という、社会心理学で有名な『アイヒマン実験』を地で行くような話だと思います。そして、これは何も警察の裏金問題だけの話ではなく、広く日本の企業や組織を蝕んでいる慢性病なのだろうなと思われます。

 

昨今、続々と噴出している日本企業の数値改ざんや偽装問題、贈収賄や談合などの不正は、個々の職員が自分の利益のために行ったというよりは、『組織』を守るためであったり業務命令でやらされたものが大半でしょう。当事者である個々の職員は、それが倫理的にいけないことである認識としていたとしても、『組織のため』にはやらざるを得ないのです。

 

組織は個人のためにあるのか?

個人は組織のためにあるのか?

 

本末転倒になることがないように、願うばかりです。

 

また、組織にとっての最大利益は、社会にとっての最大利益とはなりません。組織の一員である以前に、社会の一員であるということを、忘れないようにしなくてはいけません。

 

すぐに社会が変わることはないかも知れませんが、組織のために犠牲になる個人が少なくなる社会が良いなと僕は思います。仕事とは、良心に従って行うものでありたいと、節に願うばかりです。

 

最後に。

 

告発を行った原田氏の元には、現職やOBを含め多くの警察官から、賛同や情報提供や感謝の言葉が沢山寄せられたそうです。「よくやってくれた!」と、長年の心のつかえが取れた方も多かったに違いありません。一個人として良心を持つ方々は社会の中に沢山いるのです。

 

原田氏のこの本を読み、また市川弁護士の背中を間近に見ながら、良心に従い勇気を持って行動できる人でありたいなと思う店主でありました。


読書ファイル002「夏の庭」湯本香樹美 著

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8月の終わり、福田百貨店の中庭に立った。

 

雑草が伸び放題になっているこの夏の庭は、僕の心の何を映しているのだろうか。

そして、ぽっかりと予定の空いた一日は、僕に何を促しているのだろうか。

 

「何もかもみんな忘れてしまったように、ただそこに草があるから抜く。」

 

それは瞑想にも似た無の時間。ただ草を引くという単純作業は、目の前の〈今〉だけを見つめさせてくれる。

そしてふと、午前中に読んだ本の一節が頭に浮かぶ。

 

「死んだら、どうなるんだろう」

「それでおしまいなのかな……それとも」

 

 

『夏の庭』との再会

今日9月3日は、夏休みの終わりを告げる始業式の日。そう、つまり夏休みの宿題を提出する日だ。僕は今年、夏休みの宿題としてある本を読むと決めていた。それが、ふと立ち寄った書店で目に入った小説『夏の庭』だ。中学生の僕の心に小さな傷をつけた本との、二十数年ぶりの再開だった。

 

 

あらすじ

物語は、人の死に興味を持った少年たちが、実際に人の死を見てみたい衝動に駆られ、今にも死にそうな独居のおじいさんを見張って毎日観察することから始まる。そのうちに、おじいさんと少年たちの間に交流が生まれ、お互いに生きる上で失っていた大切な何かを獲得していく。しかし……。

 

心がほっこりして少し寂しくなるような、そんな小説だ。

 

大人になって分かったこと

いま改めて読んでみると、少年たちの気持ちだけではなく、おじいさんや親の気持ちにまで心を馳せられるようなっていて、ちょっと新鮮だった。多少なりとも大人になったという成長の証だろうか。いや、そんな大層なものではなく、僕も歳をとったというただそれだけのことだろう。中学生の僕には、大人の気持ちまでは分からなかっただけだ。

 

それに、大人になった今もまだ分からないことはたくさんある。草を引きながら頭に浮かんだ小学校6年生の主人公の言葉。「死んだら、どうなるんだろう?」というその素朴な疑問に対して、大人になった僕が持っている答えは、「死んでみるまで分からない」という何の変哲もない答えでしかない。小学生6年生が持っているだろう答えと大差はなく、子供の頃の僕が聞いてもガッカリするだろう。

 

「死んでもいい、と思えるほどの何かを、いつかぼくはできるのだろうか。たとえやりとげることはできなくても、そんな何かを見つけたいとぼくは思った。そうでなくちゃ、なんのために生きているんだ。」

 

大人になった僕もまた、少年が抱くのと同じ疑問を抱き続けている。大人になって分かったことは、「人生で本当に知りたい謎は、大人になってもその多くが分からないままだ」ということだ。

 

連合読書会と読書感想文

なぜ『夏の庭』が僕の心に消えることなく残っているのか、その理由は2つある。1つはこの本を最初に読むことになったそのきっかけだ。

 

連合読書会の課題図書『夏の庭』

中学生の頃の僕は、本とは全く無縁だった。にもかかわらず、なぜか市立中学校合同の《連合読書会》という読書家しか集まらないであろう行事に、学校の代表として選ばれた。もし僕を代表に選んだ先生に会うことがあったなら、再会の挨拶の次にその理由を聞いてみたいぐらいに、僕にとってはいまだに大きな謎である。

 

その時の課題図書が、この『夏の庭』だった。

 

今でこそ自主的に書評を書いてしまうほど本好きになった僕だけれど、当時の僕は今と違って本などという面倒臭いものは全く読まなかった。多くの子どもたちがそうであったように、本をまともに読むのは年に1度、半強制的に読まされる夏休みの宿題「読書感想文」の時だけだった。「子どもの頃に読んだ本は?」と聞かれたら、頭に浮かぶ本はただ1冊、この『夏の庭』だけである。それぐらい本とは縁がなかった。あの当時は、親友とサッカーボールを蹴るか、スーファミで遊ぶばかりが人生だった。

 

そんな具合に、本の「ほ」の字もない人間が学校の代表として選ばれたのだから、当の本人にとっては謎でしかない。僕の心を納得させている合理的な推測は、「夏休みに塾も行かず暇そうで、学校の代表で表に出しても問題を起こさない真面目な生徒は…」という消去法により「あ、黒田君か」という理由で選定されたのではないかと踏んでいる。読書には全く自信はなかったけれど、真面目さだけは自他共に認める黒田君の代名詞で自信があった。そんな訳で、僕の人生で解き明かすことの出来ない(他人にとってはどうでも良い)謎とともに、『夏の庭』は僕の心に残る本となった。

 

そういえば、昔から家には親父の本がたくさんあったから、本自体は身近な存在だったのだろう。ただし、僕をはじめ家族の誰一人として親父の本に興味を持つことはなく、本はただ狭い団地の狭い部屋を占領する邪魔者でしかなかった。だから部屋を模様替えするときには決まって「邪魔だから親父の本捨てちゃおうよ!」と姉貴と言っていたものだ。

 

人生に本を加えた『夏の庭』

いくら普段は本を読まないと言っても、この時ばかりは本を読み込んだ。学校の代表として連合読書会に参加しなくてはいけないのだから、真面目な僕としては当然である。しかし、この時全く想定外なことが起こった。

 

人生で初めて『本』に感動させられたのだ。

 

読み終わった後は、心にぽっかりと大きな穴が空き、寂しさと戸惑いと興奮が相まった不思議な感覚に襲われた。その入り交じった複雑な気持ちをどう処理して良いか分からず、しばらく時が止まったような感覚だった。それまで本を読んでもそんな感情が芽生えたことはなく、不意に受けたその衝撃にただ戸惑うだけだった。

 

僕の人生に『本』が加わったのは、きっとこの夏。

この『夏の庭』だ。

 

しかし幸いなことに、その昂(たか)ぶって処理の仕方がわからない感情を身体の外に出すための機会が、その時の僕には用意されていた。そう、なぜ選ばれたか分からない連合読書会である。

 

連合読書会の記憶

連合読書会で集まった各校の代表は、みんなとても優秀に見えた。普段は本を全く読まないという顔つきの人はいなかった(たぶん一方的な思い込みなのだけど)。普段の僕なら、アウェー感満載のその場所で萎縮してもおかしくなかった。けれどあのときの僕は、本を読んで心動かされたという人生初の高揚感により、その場所にいることを自分で認められていた。何より、あの本を読んだみんなが、どのように感じたのかを話し合ってみたい気持ちでいっぱいだった。

 

だが、僕の『夏の庭』を取り巻くエピソードの中で、おそらく最も肝心な要点となるはずの連合読書会。その場でどのような話し合いがなされたのかを、残念ながら全く覚えていない。記憶にあるのは、机を四角く囲んで話し合った教室の光景と、とても満足して帰ったことだけだ。僕の人生はいつもこの調子なのだ。大切な記憶は日に干した洗濯物の色のように薄らいで行く。数年前までは覚えていた記憶も、気が付いたときには薄くなり、知らぬ間に消え去っている。そんなことがたくさんある。

 

読書感想文と小さな傷

その夏の読書感想文は、もちろん『夏の庭』を書いた。小学生の頃から、原稿用紙を文字で埋めるだけの無難な読書感想文を書いていたけれど、この年になってはじめて、本で心が動かされた自分の気持ちを素直に書き落とした。

 

そんな僕の充実感が投入された読書感想文だったのだが、一つ事件が起こる。それは、読書感想文を提出して数日後、僕を連合読書会の代表に選んでくれた先生とは別の国語科の先生から浴びせられたひと言である。

 

「黒田君は連合読書会に参加したのに、読書感想文はあの程度なんやね」

 

それは、自分自身の感触とは真逆の評価であった。人生で初めて本に感動し高揚感を得た体験そのものも否定されたようで、その言葉はグルグルと頭の中を回り続けた。『夏の庭』が僕の胸にぽっかりと空けた大きな穴まで、粗雑に埋め戻されるようだった。

 

その時の理解されなかった寂しさ、悔しさ、悲しさ、そして期待に応えられなかったという申し訳なさや情けなさ、そんな無数の感情が引っ掻いた小さな傷たちが僕の中には未だ残っている。

 

僕がこの夏、『夏の庭』という本を二十数年ぶりに手に取ったもう一つの大きな理由は、心に残ったその小さな傷なのだ。

 

数学部の思い出

話は少し逸れるけれど、僕の中学3年間の部活は数学部だった。数式の美しさや数字をひたすら究明する部活…ではなくて、名前だけが数学部なだけで、実態はパソコン部だった。

 

親父の影響力

なぜその部活に入ったかというと、小学生の時に「これからはパソコンの時代だ」と言っていた親父が一言が頭の片隅にあって、中学で部活を選ぶときその言葉に影響を受けて数学部を選んだのだ。ちなみにその頃、僕が親父に持っていた印象は“すぐ怒る面倒くさい人”であり、好きか嫌いかといえば割と嫌いのカテゴリに入っていた。ただ、これは自分でも不思議なのだけど、圧倒的にお母さん子であったはずの僕が、高校を選ぶとき、田舎暮らしをするとき、何かにつけて人生の岐路で進路を決めるときには、親父の何気ない言動が効いているから面白いものである。いま僕の人生に本があるのも、きっと団地の狭い部屋を占拠し続けて邪魔者扱いされていた親父の本のおかげなのだろう。

 

さて、これからの時代の最先端の人になるべく期待を込めて入った数学部だったが、なぜか誰もパソコンを教えてくれる人はおらず、大いに期待ハズレだった。顧問は滅多に顔を出すこともなく、先輩は居たのか居なかったのかすら覚えていないほどに記憶の欠片もない。ただし、放課後にパソコンルームという校内で唯一エアコンが効いた超VIPルームで、自由にパソコンを使ってお絵描きやゲーム三昧に浸れる中学生にとって“この世の楽園”のような部活ではあった。ただそれが部活といえるのかといえば、当時すでに「NO」だとは思っていた。

 

そんな数学部だったので、案の定大した技術を身に付けることは出来なかった。僕の中にわずかに残ったのは、パソコンルームの独特の匂いと、数学部であったという謎の自負心と、頻繁にフリーズした富士通FM-TOWNSのダークグレーのマシンの再起動の方法くらいだ。ただ多くの中学生がおっかなビックリ触っていたパソコンへの苦手意識は取り去ってくれたし、高校で3D-CADを習得する際にパソコン慣れしていたことは大いに役に立った。それが大人になった今も3D-CADで建築パースの仕事を受ける道を作ってくれたのだから、“親父の一言”も“この世の楽園”も捨てたものではなかったと思うのである。

 

健全で不真面目な部活動

あまりにフリーダムな部活だった。ある日、ジャンケンをして負けた人が指令に従うという部活動(?)を後輩の女子数人とやっていた。いわゆる王様ゲームである。もはや数学もパソコンも関係ない不真面目な部活動だ。ただ指令といっても、シッペやモノマネという程度の健全な王様ゲームだったのは、地味な数学部が故だろう。しかし、その日の最後に一人負けした僕に課された指令は「壁に貼ってある女性のポスターにキスする」という思春期の少年にはやや屈辱的なものだった。先輩にも一切の配慮もない指令を出した後輩女子の名前も顔も忘れてしまったけれど、姉御肌の強気な女子だったことは覚えている。拒否したところで見逃してくれるタイプではない。観念した僕は、クルクル回る不安定なパソコンチェアにつま先立ちをして、天井近くの壁に貼ってあったポスターの女性にキスをした。素早くイスから降りた僕の顔は、真っ赤になっていて指を差して笑われたが、パソコンルームはその日一番の盛り上がりを見せた。実際はキスしたフリをして僅かに触れていない“エアキス”だったことをいま初めて白状するけれど、それでも顔が紅潮するぐらい当時の僕はシャイな男子中学生だった。

 

その健全で不真面目な部活動を共に楽しんだ後輩の女の子から、後に告白されることになる。ただし、手作りクッキーを焼いて家まで告白しに来てくれた後輩に対して、「興味がないから」といって玄関先で断った僕は、いま考えるとひどく無神経な奴だった。その子が帰った後、家の奥で聞き耳を立てていた母親に「あんた冷たい奴やなぁ…」としみじみ言われたが、「(オレにも別に好きな女子がおるんやから仕方ないやん)」としか感じていなかった。その時、その子はどれだけ傷ついていたことだろう。ただ、その時の態度を反省出来るようになるのは、高校時代に自分が同じ目にあってからのことだ。

 

突然の告白から数日後、その子と仲が良かった姉御肌の後輩に呼び出され、すごい剣幕で怒られた。僕はその時どんな受け答えをしたのだろうか?その後、僕は後輩たちとどう接していたのだろうか?今となっては何も思い出せない。

 

この数学部時代の小っ恥ずかしい話を、なぜ唐突に挟んだのかは実のところ僕にも良く分からない。ただ頭に浮かんでしまって以降どこへも行ってくれず、もやもやと梅雨前線のように停滞し続けるこの思い出を、書いて排出するほかなかったのである。思うに、心に与えた傷は、与えた側の心にも無意識に残り続けるということを気づかせたかったのだろうか。もしくは、いずれ忘れてしまうであろうこの些細な記憶を、失ってしまう前に文字で残しておきたかったのかもしれない。

 

僕が見つけるのを待っている何か

書店には、夏休みフェアでたくさんの文庫本が並んでいた。その中に『夏の庭』をみつけた瞬間、目が離せなくなってしまった。

 

あの夏の、あの『夏の庭』

もはや無意識に手に取られたその小さな文庫本は、触れた指先から腕へ、そして頭から足先まで僕の身体の中をジワッと駆け巡り、身体から皮膚感覚を消していった。そうしてあのひと時、僕は中学生の僕に出会った。ずいぶん昔に忘れてしまっていた心の傷に、再び出会った。あの頃の感覚をまとった僕が、そこに立っていた。そして、僕はもう一度、あの『夏の庭』と向き合わなければいけないと強く思ったのだ。この偶然のような必然のような出会いと体験があって、『夏の庭』が二十数年振りに、再び僕の夏休みの宿題となった。

 

「この世界には隠れているもの、見えないものがいっぱいあるんだろう。虹のように、ほんのちょっとしたことで姿を現してくれるものもあれば、長くてつらい道のりの果てに、やっと出会えるものもあるに違いない。僕が見つけるのを待っている何かが、今もどこかにひっそりと隠れているのだろうか。」

 

そうなのだ。“僕が見つけるのを待っている何か”は、中学生の頃からずっと僕の中に隠れていて、この時を待っていたのだ。そして十数年ぶりに、書店で姿を現した。『夏の庭』という文庫本の形で。

 

そうして、大人になった僕がいま必要とする言葉と、出会わせてくれた。

 

忘れる記憶

僕にはひとつ、小さくも大きい悩みがある。それは「忘れてしまう」という性質だ。家族の大切な思い出も、忘れたくない大事な出来事も、お店のお客さんの顔や名前もなかなか覚えられずに忘れてしまう。別に病的なものとかではなく、比較的忘れっぽい部類の人間というだけなのだが、本人には大きな悩みなのである。たぶんその原因は2つで、他人への関心が薄いのと、物を考えすぎる性格が故にその場の出来事に集中していない…ということだと自己分析している。

 

以前こんなことがあった。結婚前に嫁さんが僕にくれたプレゼントの紙袋を大事にとっていたのだけれど、引っ越しの際に邪魔になるとの理由で、その紙袋を捨てるように言われて揉めたことがある。僕としては、プレゼントを貰った時の大切な思い出を忘れたくなかったので、記憶を紙袋に託して保管していた。その紙袋を見れば、普段忘れていた記憶も思い出すことが出来た。僕にとっては、ただ紙袋を捨てるということ以上に、その思い出もろとも捨てるように迫られたようで辛かった。今ほどまだ相手のことをお互いに理解出来ていない頃だったので、嫁さんにはなかなかその気持ちを理解して貰えず困ってしまった。自分でも思いもよらなかったけれど、悲しくてポロポロ泣いた。頭で記憶しておくことが苦手な僕にとって、エピソードが詰まった物や場所は、物理的な記録媒体であり、メモリーカードなのだ。それを失うということは、記憶を失うのと同じだった。

 

ただの書評のはずが、こんなにもプライべートをさらけ出した赤裸々なエッセイになってしまったのは、そんな僕が心から求める一文を『夏の庭』にみつけてしまったからだ。

 

ぼくは書いておきたいんだ

物語の最後、「おまえ、大人になったらなんになる」と父に尋ねられた主人公の少年が、「何かを書きたい」と答えて、その理由を語る場面。

 

「ぼくは書いておきたいんだ。忘れたくないことを書きとめて、ほかの人にもわけてあげられたらいいと思う」

「いろんなことをさ、忘れちゃいたくないんだ」

 

きっと、多くの人にとっては大したことのないただのセリフかもしれない。しかし、僕にとっては違う。この一節、この一文と出会うために二十数年ぶりに『夏の庭』を手に取ったのだと確信している。

 

記憶は、忘れる。

大切な思い出は、消える。

だからこそ、書き留めておきたいのだ。

僕にはいま、〈書く〉という行為が必要なのだ。

大切なことを忘れないために、そして、自分と出会うために。

 

心に書き留めたメモ

中学生の僕の心を引っ掻いた小さな傷は、拭うべきトラウマだと長らく思っていた。でもそうではなかったのかもしれない。未来の自分に宛てて心に書き留めておいたメモだったのかもしれない。今はそう思える。

 

〈夏〉と〈本〉と〈死〉

『夏の庭』のあと、また本とは縁のない生活に戻った。読書感想文の挫折で、本への興味が急激にしぼんだせいもあったと思う。漫画や雑誌を抜きにして、初めて自分で本と呼べるもの買う日が来るのは、高校生3年生の夏まで待たなくてはいけなかった。

 

夏休みに隣の駅の紀伊國屋で目に入って購入したその本は、「墜落遺体」という日航123便墜落事故を扱った本だった。遺体の身元確認班を指揮した警察官が書かれたノンフィクションは、のほほんと育った高校生には衝撃的すぎる死と遺体の描写に溢れていた。いまになって客観的に考えると、それまで全く本など読まなかった息子が、唐突に「墜落遺体」などというインパクトの強い本を買ってきたのだから、両親はさぞ不思議(を通り越して心配)に思ったに違いない。

 

 

この本も、僕の人生に大きな影響を与えてくれた。それは、小学校の図書館にあったような子供を怖がらせる怪談本とは違い、娯楽として底知れぬ恐怖心を煽るホラー映画とも違い、実際起こった紛れもない現実、500名を超える死とそれに立ち会った人々の記録であったことが、何よりも当時の僕には生々しくて恐ろしかった。穏やかな湾を出て、初めて外海に出たような感覚で、僕はこの時も心の中で立ちすくんでいた。死について、生について、人生について、一皮むけたように真剣に考えるようになったのは、その本がきっかけだった。

 

僕にとって〈夏〉と〈本〉と〈死〉は、人生を導く何かの意味を持っているように思えてならない。

 

終わりに

今回の記事は書評というよりほぼエッセイだ。僕のことを知らない人にとっては「ただの自分語り」にしか見えなかっただろうし、僕のことを知っている人ならば「黒田くんの知られざる過去の秘話」として楽しんで貰えたかもしれない。

 

当の本人にとっては、長らく忘れていたタイムカプセルの中から出て来た昔の思い出話を、再び忘れてしまわないように書き残した記録だ。“中学生の僕”と“今の僕”をつなぐ、時を隔てた日記のようなものとして書いた。これが何かにつながるかはわからないど、きっとまた次の何かにつながって行くのだろうと期待したい。

 

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「もしかすると、歳をとるのは楽しいことなのかもしれない。歳をとればとるほど、思い出は増えるのだから。そしていつかその持ち主があとかたもなく消えてしまっても、思い出は空気の中を漂い、雨に溶け、土に染みこんで、生き続けるとしたら……いろんなところを漂いながら、また別のだれかの心に、ちょっとしのびこんでみるかもしれない。時々、初めての場所なのに、なぜか来たことがあると感じたりするのは、遠い昔のだれかの思い出のいたずらなのだ。」

 


読書ファイル001「好奇心を“天職”に変える空想教室」植松努 著

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「人に勧めたい本は?」と聞かれたら


いま僕が選ぶのはこの本、「好奇心を“天職”に変える空想教室」

著者は、小さな町工場から自家製ロケットを作り、宇宙開発事業を手がけるまでに至った植松努さん。

『好奇心を“天職”に変える空想教室』

 

植松さん自体は有名な方なので、きっとご存じの方も多いと思いご本人の紹介はバッサリ端折っちゃいます(^_^)(興味ある人はググッてね)。

 

ただ300万再生されてるTEDの講演動画を見たことのないという方は、ぜひ一度見てみて!(見てみて!)特に中高生の学生さん…いや、生き方に悩む大人にもオススメしたい!

 

とても聞きやすくて植松さんの人柄も感じ取れる良い講演だし、本書の内容も半分くらいカバーしている動画なので、約20分だから人生で一度は見ておいて損はない↓↓↓

 

さて、僕がなぜこの本をオススメしたいかというと、まずは、植松さんが実に平易な文言で綴ってくれているため、ふだん本を読まない人や、難しい言葉が苦手な人でも読みやすい本だから。そう、間違っても『平易な文言で綴る』などという小難しい言い回しをしない、親切丁寧な本なのである。

 

そして何より、これからの時代を生きる人にとって、植松さんのような考え方を人生のベースに持っておくことは、もはや必須だと思うからだ。

 

植松さんは実行の人だ。しかも、誰もやったことのない世界に足を踏み出して、失敗を重ねながら経験値を積み上げている。実体験から出た言葉ほど重みのある言葉はないし、下手な自己啓発本よりもよっぽど当を得た言葉が並んでいる。

 

例えば、自分がやったことがないことをやりたい時、誰に相談すれば良いだろうか?そんな疑問に明確な答えを示してくれている。

 

自分がやりたいことを「やったことがない人」に相談すると、“できない理由”を教えられます。これは相談する相手を間違えてるだけです。「やったことがない人」の意見は参考にしなくてもいい。親ですらもです。

 

【やりたいことは「やったことがある人」と仲良くなれば、あっさりと実現に近づくことができます。やりたいことがあれば、「やったことがある人」を探すのが一番の近道です。

 

いやはや、未知の世界にたくさん飛び込んできた経験者だけに、言葉に真実味がありますな(@_@)ただ、こうやって一文だけを抽出して読むと、とりわけ特別なことを言っているようには見えないし、「そんなの知ってるよ」「そんなの分かってるよ」…という気になるかもしれないけど、実際に本で前後のエピソードなんかも踏まえて読んで貰えば、その経験からくる言葉の重みが胸に響くと思う。

 

もう一つくらい紹介すると、自ら経験することの大切さについてはこんな感じで述べている↓↓↓

 

【能力というものは、失敗するか成功するかの「経験」によって身につきます。「楽をする」ということは、つまり「その経験を避ける」ということです。だからずっと楽をしていたら、自動的に無能になって、誰からも見向きもされなくなります。

 

人生の価値は、人生の時間を使って得た自分自身の経験で決まります。

 

植松さんの『やったことがないことに取り組む』という生き方こそが、これからの時代大いに参考になると思う。いや、それどころか、もうこの考え方は必須といっても過言じゃないと思うのだ。なぜかって?

 

将来に対する危機感


この本が初っ端から僕の心を捉えたのは、一番最初にあの人口推移のグラフが載っていたからだ。そう、よく見るアレ…「これから人口メッチャ減るでー(・д・)/」のグラフだ。

 

国土交通省HPより

この将来予測に対する危機感を、僕はここ数年ずっと抱いている(以下、お堅い文章でゴメンあそばせ)。

 

ちょっと真面目な話をすると、戦後日本は人口も経済も『右肩上がり』で成長することを前提とした仕組みを作ってきた(例えば年金や健康保険、インフラや教育や就職も)。その仕組みが通用しなくなる社会がもう既に始まっていて、少なくとも今後100年ぐらいは避けようがない。

 

僕や子供たちが生きている間は、基本的に『全てが縮小・衰退して行く社会』だ。これからの日本は『いかに上手に縮小するか』という困難なミッションを乗り越えなくてはいけない。今の時代に生まれた僕らはハズレ世代だと腹をくくって立ち向かうしかないようだ。基本的には、“負け戦で撤退する敗軍の退却作戦”に通じるような、マイナスのベクトルへの対応の連続なのだ。

 

だがしかし、果たしてそのような対応が出来ているだろうか?既に不要となった”イケイケどんどんの攻めの作戦”を引っ込めることは出来ず、場当たり的に修正して延命を図っているだけではないだろうか?そうなのだ、都合の悪いことに目を瞑り、先送りにして、将来世代に負債を押しつけているのである。

 

既に人口減少社会は始まっている。これまでとは180度真逆の世界…はちょっと言い過ぎだとしても、120度くらいは違う世界に、僕たちはもう片足を突っ込んでいる。そう、今までの常識なんて、何の当てにもならないのだ。

 

はじめての時代を僕たちは生きている


僕のそのような危機感に対して植松さんはこう語る。

 

上の世代がいうところの「若い頃は」「昔は」「普通は」という常識は一切通用しないでしょう。まったく新しい、はじめての時代を僕たちは生きているのですと。

 

そして、これから先の困難を打開するためには、一人ひとりの能力の向上が不可欠であり、【能力の向上のためには、夢が必要】と断言している。植松さんの思考の底流には、この《夢》という言葉がある。

 

植松さんは、【「自分にできそうなことの中から選んだもの」が夢なのでしょうか。】と疑問を投げかける。そして、《夢》について考え抜いた末に、【夢とは、「今できないことを、追いかけること」】という確信に至っている。

 

そういわれてみると、比較的自由な生き方をしていると思っていた僕でさえも、いつの間にか“現実的に達成できそうなこと”しか、夢の範疇に入れていなかった気がする。《夢》という言葉自体の中に、本来の夢が含まれていないパラドックス…。ムムム、大人になるということが、夢や世界の広さを狭めることであっては情けないなぁ。

 

ところで、植松さんのように《夢》を大上段に掲げて語る大人は珍しい。なぜなら夢を語るよりも、「そんな夢みたいなことをいつまで言ってるの?」と批判している方が、より大人であるかのように見えるからだ。夢を否定することは、手軽に大人へ上るための階段…いや、エスカレーターと言ってもいいかもしれない。

 

たぶん、これまでの時代はそれでも良かったのだろう。いやむしろ、そうでなければ生き難い社会であったのだろう。急速に成長拡大を続ける時代において、社会や企業が求めたのは、“均質な部品”や“命令に従うロボット”としての労働者であったのだ。むしろ自由や個性、夢などを個々人が持つことは、社会にとっても個人にとっても邪魔であったのだ。

 

しかし、時代は変わった。


これまで邪魔だった《夢》こそが、僕たちの未来を切り開いてくれる時代が来た。

この困難な状況になってようやく、自分の心が望む人生の選択肢を選べる時代になったのだ。

さっきハズレ世代と言ったけれど、実は一周回ってアタリ世代なのだ。

きっとそうなのだ。

 

植松さんの言葉を少し借りたい。

 

【素晴らしい可能性を持ったみなさんですが、いつか、誰かから“あきらめ方”を教わっています。(中略)それは「おとなしくて」「聞き分けが良くて」「都合のいい」人間を作るためです

ところが今では、受験を合格できた「素直で真面目」な人たちはロボットに軽く負けてしまうので、昔ほど求められていない。

 

そう、時代は変わったのだ。

これまで求められていた「素直で真面目なロボットのような人材」は、もはや時代遅れになりつつあるのだ。このことを既に肌感覚で感じている人も多いだろう。では、これからの先の困難な時代に生きる子どもたちは、果たしてどのような人に育てば良いのだろうか?

 

目指すは「一緒に仕事したい」と思われるような人物


その疑問に対して、植松さんがズバリ鋭い見解を示されていた。

 

社会で生きていく上で大切なことはたった一つ、一緒に仕事したい」と思われるような人物になれるかどうか。

【親が「一緒に仕事をしてみたい」と思えるような子なら、その子はきっとみんなから「必要だよ」といわれる】

 

どうだろう?

 

これは別に、みんなと上手くやれるコミュ力が大事だぜウェ~イ(・∀・)…という話ではない。もっと総合的に見て…というか感覚的なものとしてシンプルに、「一緒に仕事をしたい」と思われる人間になることが大事だということだろう。

 

そのためには、個性と、それを確立するための経験が必要なのだ。

 

個性は、自分の経験です。そして個性があると、まわりから「必要だよ」といわれるようになります。

自分で考えて、自分でためすんです。そうしたら「必要だよ」といわれるようになります。

 

と、植松さんは述べるのである。

 

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まとめ


これからの時代を生きる子どもたち(さらには大人たち)に求められる生き方が、少し見えてきたのではないだろか?

 

『夢を抱き、自らそれを実現するためにやりたいことをやってみて、その経験の積み重ねから個性を確立する生き方』だと僕は思う。また、子どもたちがそのように育つことが出来る環境を整えることが、親や社会の役割なのだと思う。

 

これからの時代を生きていく上で、参考になる言葉が詰まったとても良い本だと思っている。ここに紹介した文章は、僕の関心があるテーマに焦点を絞ってまとめたので、ちょっとお堅い本に見えちゃったかもしれないけれど、実際の本を読んで貰ったらもっと読みやすい印象をもって貰えると思うので、興味を持った方はぜひ読んでみて貰いたい。

 

最後に、僕が個人的にヒットした言葉を、備忘録的にいくつか紹介して終わりにしたい。

 

他人の顔色をうかがいながら、波風を立てないよう「自分の居場所」にとどまれば、いつかこの世に自分の生きる場所がなくなります。】

「ちゃんとしているふり」をしていると、ろくなことにならない

【もしなにか迷っちゃったときには、「自分は楽を選んでいないかどうか」だけを気をつければいい。】

「お金は、“自分の知恵と経験”のために使ったら、貯まり続ける」(植松さんのばあちゃんの言葉)】

 

以上、おしまい。

 


岩瀬敬吾×KEEWOライブ

Posted コメントするカテゴリー: イベントのコト

2018年7月15日に開催した「岩瀬敬吾×KEEWOライブ」のことを、

ちょっと間が開いちゃったけど、大切な出来事なのでブログに記しておこうと思う。

 

なぜ今更かというと、実はライブの前日の準備中に、長年愛用していたパソコンが突然妙な音を立てて電源が落ち、2度と立ち上がらないという悲しい出来事が起こって、長らくカメラのデータが抜けなかったからだ(T_T)

 

最近ようやく新しいパソコンで作業する環境が整って来たので、今になって書いている次第である。なお、ライブ当日のドリンクメニューが手書きだったのは、その悲しい出来事ゆえ。

 

さて、2016年からのご縁で、今回4回目となった岩瀬さんとKEEWOさんのライブ。回を重ねるごとに少しずつ違った“何か”があって、実は主催する僕たちが誰よりも楽しみにしている。

《ポスター_表》

《ポスター_裏》

 

初めてから、3回目まで


初回は、ドキドキした。

なにせあの「19」の岩瀬敬吾さんが来るのだから!地元のアマチュアライブしかしたことのない福田百貨店で、いきなりビックネームのライブを開催する想像の斜め上の事態(@_@;) 

さらに、一緒に来るという謎の金髪の兄ちゃん!古民家に合うのか?ロックでパンクなキャラだったらどうしようか!?…などなど様々な不安が沸き起こる(KEEWOさんゴメンナサイ(笑))。

《第1回目のライブの様子_001》

 

結果的に初回のライブは大成功で、不安の多くは杞憂に過ぎなかった。ライブ後の打ち上げや、朝ご飯を一緒に食べたりする中で、お二人の考え方や人柄が伝わってきて、生き方の部分で共感出来るところが多々あることに気が付いた。逆にお二人も、福田百貨店や御槇の自然が醸す「何か」を感じ取って貰えたのではないかと、僕は(勝手に)思っている。

 

この時、ただの“イベント主催者”と“ミュージシャン”…という以上の何かが芽生えたことが、今に繋がっているのだと思うし、もし福田百貨店で開催される様々なライブに“他にない魅力”があるとすれば、それを生み出してくれたのは岩瀬さんとKEEWOさんだと思っている。(余談だけど、”人を見た目で判断してはいけない”と改めて思わせてくれたのも、きっとKEEWOさんである(笑))

《第1回目のライブの様子_002》

 

2回目は、岩瀬さんがノロッストリオのメンバーを連れて来てくれた。音楽素人のライブ会場主(僕)に、「ギター1本の弾き語りも良いけどバンドサウンドは厚みがあって良いな~(*^_^*)」と、初歩的なことを気付かせてくれたのは、ノロッストリオのこのライブだった。『象になった君の夢』というアルバムの世界観も、存分に味わうことが出来た。

《第2回目のライブの様子》

 

3回目ともなると、いくつかのチャレンジや工夫を試してみる余裕が出て来た。例えば、お二人にリラックスして歌って貰おうと、ライブ前に温熱療法の施術サービスを用意してみた。(…もっとも、「じゃあパンツ一丁になって寝て下さい」といきなり想定外の状況に置かれた二人は、たじろいだらしい(笑))

 

さらに、オープニングアクトを高校生シンガーの夢華さんに託した。これは、その時に必然としか言いようのない流れがあって、その流れと直感に従った。本人にとっては、“人生2度目のステージが岩瀬さんたちプロミュージシャンの前座”となり、かなりハードルの高い挑戦だったことは想像に難くない。良く引き受けてくれたと思うし、このキャスティングでOKを出してくれた岩瀬さんたちの懐の広さもありがたかった。

《第3回目のライブの様子》

 

そしてこの度、4回目


今回、フロントアクトの1組目を務めて貰ったのは、D.N.Aの3人。もともと別々のグループだけど、この日はトリオを組んでのパフォーマンス。3人で息の合った演奏をして貰う…予定だった。ところが、7月上旬に起こった西日本豪雨の影響で、練習場が停電するなどして準備が出来なくなったので、急遽それぞれのバンドの曲を歌って貰うことになった。3人での演奏も聞いてみたかったけれど、状況を考えれば出演して貰えただけでも御の字である。

《D.N.A_001》

 

ちなみに今回、D.N.Aの方々が音響機材一式を引き受けてくれたおかげでライブが実現出来た。今回のライブの影の功労者であり、そういう目に見えない裏方の協力があって、このようなイベントは行われている。感謝感謝である。

《D.N.A_002》

 

余談だけど、彼らは西予市宇和町の音楽イベント『音の収穫祭』の実行メンバーでもある。「音楽で地元を盛り上げたい」「地元に音楽を根付かせたい」という想いを、ゼロから立ち上げて形作っているので、僕も微力ながら応援したいと思っている。『音の収穫祭』は、ただの音楽ライブという以上に、地域に何かを築こうとする心意気を感じるので、僕も欠かさず足を運んでいる。よろしければ皆さまもぜひ。

 

本格的KEEWOサウンド


続いて、メインアクト1組目のKEEWOさん。

サポートメンバーは、パーカッションの合田正和さんと、キーボードのwakaさん。初めてバンドメンバーを帯同してのライブが実現。

 

「いつか関西のライブハウスに足を運んで聞くしかないかな~(・_・)」と思っていたKEEWOさんのバンド演奏を、四国の端っこの山の中で聴くことが出来たのは、贅沢この上ない体験だった。

《KEEWO_001》

 

KEEWOさんの音楽は、この辺りではまだまだ知られておらず、初めて触れるという方も多い。毎回ライブの後には、「初めて聴いたけどKEEWOさんの音楽が良かったです!」という感想を、何人かの方から頂くことが出来る(「ンフフ、そうでしょ~」と内心得意げになっているのはここだけの話)。

《KEEWO_002》

 

ライブの一度っきりではなく、「CDを買って何回も聴いてみて!」とオススメしたいのがKEEWOさんの音楽。CDの完成度は高く、ハマる人はハマること間違いなし!普段から聞き込んだ上でライブに足を運び、KEEWOさんの生歌を聴いて貰えば、いつの間にやらアラあなたもKEEWOファン☆ KEEWOさんの魅力の一つである“めっちゃエエ声”には、年に1回は生で聴きたくなる中毒性があることを、ここに申し添えておく次第。

 

せっかくなので、今回のライブのKEEWOさんの歌を、フルバージョンでお一つどうぞ(^^)/

気に入った方は、ぜひ次回のライブを聞きに来てネ!(次回はまだ未定だけど(笑))

 

一年越しのパフォーマンス


ついで、フロントアクト2組目の夢華さん。

前回のライブでオープニングアクトを務めて貰ったその流れで、今年もステージに立って貰った。

 

実は前回は、伴奏者がギリギリまで決まらなかったため、歌と伴奏が上手く噛み合わず、なかなか苦労のステージだった。人生でまだ2回目のステージ…しかもプロミュージシャンの前座というプレッシャーのかかる舞台で、思い通りに行かないパフォーマンスとなってしまったのは、苦い経験だったと思う。

 

だけど人生が面白いなぁと思うのは、「人間万事塞翁が馬」という出来事が実際に起こってしまうところだ。前回の苦い経緯があったからこそ、今年は強力な伴奏者を得て、とても魅力的なステージが実現した。一年を経て歌声は着実に成長し、ステージ上での歌いっぷりも立ち居振る舞いも、昨年よりもずいぶん余裕と力強さを感じさせられた。夢華さんのこの日のパフォーマンスは、あの場でしか味わうことの出来ない特別なものであり、まさに『ライブ』の良さを観衆に感じさせてくれる魅力的なものだった。

《夢華》

人がライブに足を運ぶ動機の一つに「あなたが生で唄う歌を聴きたい」という想いがある。そこには、歌い手の“実績”や“力量”だけではない“何か”がある。夢華さんの歌は、その“何か”を感じさせてくれるし、きっとそういう力を持ったアーティストなのだと思う。

 

大トリは岩瀬敬吾さん


最後に、本日のメインアクト2組目の岩瀬敬吾さん。

《岩瀬敬吾_001》

実は今回、ポスターを作る際に1つだけ前回までと変えた所があった。それは岩瀬さんの紹介文から「元19」というフレーズを抜いてみたことだ。たぶん気付かなかった人も多かっただろう小さな変化。

 

なぜそれをしたかと言うと、“元”という過去のイメージを携えてではなく、岩瀬敬吾というアーティストの「今」に期待を抱き、会場に足を運んで欲しいと思ったからだ。そういう想いを込めて、今回のポスターはデザインしたし、使用した写真に写る岩瀬さんの歌う姿には、それだけで人を惹き付ける魅力があると思った。今回かなり気合いを入れて制作したポスターでそれを試みたことは、僕の中での小さなチャレンジだった。

《岩瀬敬吾_002》

岩瀬さんの歌を生で毎年聴けることは、とてもありがたいことだ。やはり歌声も、ギターも、曲も、歌詞も、歌い手としての熱量も、毎度並々ならぬものを感じさせてくれる。「子供たちに本物の音楽に触れさせてあげたい。」という親としての気持ちは最初からあり、そういう観点で十分ありがたいのだけれど、それとは別に子供たちが「敬吾くんとKEEWOくんが今年も歌いに来てくれる~♪」という、二人の訪問自体を楽しみにしてくれている。それが我が家の年中行事の1つとなっていることを嬉しく思う。

 

そして子供たちと同じように、福田百貨店でのライブを毎年楽しみにしてくれているファンの方々も居て下さって、小さいながらもムーブメントが起こってると思う。きっと岩瀬さんとKEEWOさんのライブは、今の福田百貨店を構成するに欠かかせない1つの大事なエッセンスになっている。

《岩瀬敬吾_003》

 

ライブの後のお楽しみ


ライブ終了後、「みまきキャンドルナイト2018」の会場にみんなで足を運んでキャッキャ盛り上がったり、岩瀬さんの広島風お好み焼きが振る舞われてたり(いと美味し)、KEEWOさんとバンドメンバー待望の流れ星をみんなで子供みたいに眺めたり、充実した時間を共有できた。遠く都会から来て下さった出演者の皆さんに、田舎の自然を味わって貰えるのも、四国の山の中にある福田百貨店という会場の良さだと思っているし、こういう場所に魅力を感じて貰える方に、これからも来て貰いたいなと思う。

《みまきキャンドルナイト2018in山本牧場》

 

最後に…


思い返せばライブの一週間前に西日本豪雨が起こり、一時はライブの開催自体も危ぶまれた。先に挙げたD.N.Aの方々への影響以外にも、会場でピザやドリンクを販売してくれたRANAPAN BAKERYさんやLOKKi COFFEEさんも、近所で大きな土砂災害があり、ただならぬ状況だったそうだ。僕自身も被害の大きかった吉田町に復旧の手伝いに行かなくてはいけない中で、ライブの準備も完全にはやりきれなかったりもした。そんな状況だっただけになおさら、今回のライブを成り立たせてくれた皆さんには心からに感謝している。結果的に予定通り開催することが出来て、会場には満員近いお客さんが足を運んでくれて、本当に良かった。

《RANAPAN BAKERY》

 

今回ライブが開催できたこと…それはただ単純に「イベントが実行できて良かった」という話に留まらないと、僕は感じている。あの日のあの場の体験が、あの場にいた人たちのこれからに何かを起こし、何かにつながるという感触と充実感があったからだ。それはすぐに花開くものではないかもしれないし、具体的にこうと言えるものでもないけれど、まるで1本の糸を辿っていく過程のような、そんな目に見えない流れの存在を感じたのである。

 

「音楽」のライブなのだけど、音楽だけではない“何か”。

そんな“何か”の存在をぼんやりと感じつつ、次回のライブにも想いを馳せている店主であった。おしまい。


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ある人は云いました。

「情報は発信しないと集まらない」、と。

 

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